パズル小説 快答ルパンの冒険<3>

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■第3話『居場所』

快答ルパンは、なかなか自分の居場所を持てなかった。それは本来なら人生の見本となるべき親が、頼りないことに由来するのかもしれない。

 

親の因果が子に報いという。

快答ルパンは、子どものころから異形だった。これは個人情報なので私が勝手に語るわけにはいかないが、誰が観てもわかる明確な違いが、彼の人生を変えていった。

彼には二歳上の兄貴がいたが、彼は少なくともカタチの上ではみんなと同じ。それゆえ親の期待度が高く、公務員上級職として生きることになる。

一方、次男坊として生まれた快答ルパンは性質が素直であったこともあり、兄が通った保育園には行かず、幼少期は野良として生きた。

春・夏・秋と、天気がよければ彼はグランドにある芝生に寝ころび羽毛のように浮かぶ白い雲を追い、眠りに就いた。

冬、グランド一面に真っ白な雪が積もったときは、さすがにダイレクトに寝ころぶことはできなかったのだが。

彼の家は、給食費が未納となる経済状況ではなかったが、駄菓子屋での買い食いは許されなかった。その代わり母には菓子を持たされた。それを粉雪にまぶしてアイスだと思って食べたりした。そのとき彼は、自分の居場所はここだという気がしていた。

ところが竹早高校で、快答ルパンは自分の立ち位置が見つけられない。

15才で同級となった生徒たちの大半が連鎖反応のように自分の居場所に収まっていく。

毎日登校して授業に出るにもかかわらず、彼には居場所がなかった。それで覚悟を決めて、都会に繰り出した。

竹早高校には自由の空気が流れ、授業をサボって大人社会をのぞきに行く猛者も少なくなかった。Aの胸にはゴールデンバット、Bの胸には場外馬券、Cの胸には意図は知らなかったが四つ折りの1万円札が数枚、収まっていた。

快答ルパンは、そこに群がる生徒の輪に入れず、給水塔の屋根に上って街を眺めて過ごした。勉強だけでは物足りず、自分の人生に何かを追加をする必要があった。

 

二浪して入った大学でも居場所がなく、高校と同じように講義をサボって土方のアルバイトを始めた。格安の航空チケットを買って、ヨーロッパに行こうと思った。

そんなとき村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が芥川賞をとった。

その作品は、群像新人賞のときから気になっていた。というのも選考理由に、吉行淳之介が書いたことが気になっていた。

「ふつう原稿は黒いペンで書くが、村上龍氏は青いボールペンで書いていた。そこに新しい時代の機運を感じたので推挙した」

それは、常識破りとのこと。どんな人物か観てみたかった。

そこで土方のアルバイトで連れていかれた池袋の工事現場から抜け出し、村上龍の新刊を買ってサイン会に並んだ。

そこに居たのは独身の女性ばかり。快答ルパンは、土方仕事でのように流れた汗を吸って重くなった作業着の上に、親方が持っていた青いガウンを羽織って、長い列に並んだ。いつの間にか、作業着は乾いていた。扇風機が回る書店内は天然の乾燥機となっていたに違いない。なかなか順番はこず、彼の咽までカラカラになっていた。

書店の奥に置かれた長ケテーブルの上には限定100冊という初版「限りなく透明に近いブルー」が積まれ、書店員が書籍代と100番までの整理券を交換して歩いた。

村上龍は一人ひとり、買ってくれた初版本に「Reu」と描き入れた。快答ルパンは、その文字が森に生えているシダのように湿って見えた。

サイン本を手渡すとき、村上龍はサングラスをした顔をあげたが、ブランド戦略なのだろう、一言も声を発することなく、座ったままであった。

快答ルパンの順番がきた。彼は言った。

「おめでとう」

村上龍は男の声にビクッとしたが、すぐ立ち上がり手を握った。後で知ったのだが、村上龍は昔の友人を探していたらしい。

本を書けば、それまで逢えなかった友人が祝いに来る機会になる。

「ありがとう」

村上龍は自分を果報者と感じていた。もっとも彼は作家という居場所をみつけたが、快答ルパンに居場所はなかった。

現場に戻ると、親方が工事現場の総支配人に当たる人に怒られていた。快答ルパンが、昼休みを過ぎても仕事に戻らなかったからだ。

「もう1時間も遅刻だぞ。どうしてくれる」

「彼は考古学を専攻する学生で、日ごろ貝塚の発掘で鍛えているから仕事は早いんでさぁ。すぐに追いつきます」

「また、うまいこと言って。彼の手当ては、払わないからね」

「かんべんしてくださいよ。彼には看護が必要な母親と、夫婦喧嘩して家に帰ってきたまま、働きもせず元のに収まらない姉がいるんです」

「それが、何の関係があるんだよ」

「このうら盆には死んだ父の初供養もあるし、お金が要るんです」

「それはかわいそうだけど」

「でしょう。昨日はジャイアンツが惜敗したし」

快答ルパンは、亡き父から自分の入るを譲り受けた。もう20年も前のことで、以来、父の墓参りのときには自分の居場所も確認に行く。

その墓石には『愛夢永遠』と刻んであった。快答ルパンは、その近くにABCDEFを建て、終の棲家とすることを夢見ている。

 

 

■ヒント

【縦10】乾燥機 【縦12】サイン会

<横7>ダイレクト <横24>果報者

 

 

2020年2月1日