パズル小説 快答ルパンの冒険<4>

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■第4話『初日の出』

 

 

 

東京で生まれ、青春時代を送った快答ルパンは永い間、自然は美しく、人の開発が進んだ都会は「汚れている」と思い込んでいた。

 

しかし、そんな固定観念が通じない稀有(けう)な瞬間がある。

それは夕日が沈んだ後、朝日がのぼる前、思いがけず雪景色になっていた都市の空間など。そこにある景色は昔から人々の心をふるわせ、多くの絵師(えし)が男女の営みを記した秘画(ひが)とともに、大切にしてきた風景である。

確かに人生には、ときどき特別な時間が流れていた。

竹早高校2年生となっていた快答ルパンは、大晦日に気の合った同級生の家に行き、隠れて酒を飲む楽しみを共有した。

ポテトチップをツマミに缶ビールを飲み、年越しそばの代わりに鍋焼きうどんを食べて温まってから、誰彼ともなく「初日の出を観よう」ということになった。

四人は全員、元旦の昼までの予定は未定なので、ちょっとした遠出ができた。

 

東京で生まれ育った私たちは、小学校の遠足で江ノ島、鎌倉、修学旅行は日光に行った。その経験から、初日の出が観られそうな場所は江ノ島だった。せっかくなら(なぎさ)のある海辺に行き、水平線から立ち上がる初日の出を観たかった。

 

集まった仲間は、快答ルパンを入れて四人。

別に麻雀などの賭け事をするわけではなく、国電に乗って田舎の駅まで行くにはボックス席が楽しく、四人が理想的な仲間となった。

もっとも大晦日の特別ダイヤの深夜便は朝のラッシュ並みに混み、座席に腰かけることはなかった。

 

都会の空を舞うのは黒いカラスだが、海原を旋回する白いカモメは優雅だった。

江ノ島で見た初日の出は銀紙につつんで好きな女性に届けたいほど秀逸で、そこには特別なチカラがあるような気がした。

元旦にもかかわらず、新宿にあるサウナが正月料金2割増しとなって営業していたので汗をながし、昼前、四人はそれぞれの家族が待つ家に帰った。

 

それ以後、四人は大晦日になると集まり、江ノ島に向かった。

いつも逢っている四人ではなかったが、なんとなく「特別なこと」をしている気持ちになり、誰も別の友人を誘わないまま、同じ面子で大晦日に集まった。

 

その四人は、どうなったのか。

 

□エンジニアになったKは明治大学に通い、男気のあるまっとうな社会人となった。

□調理師免許を持つHは同窓生の中で変わり者。2019年2月、帰らぬ人となった。

□ソニー盛田さんの従兄弟Aは二十代で水商売に入り、酒と女と涙の中で行方不明に。

□快答ルパンは大学を休学してヨーロッパを放浪。勤め人を15年して自由に戻った。

水平線から昇る太陽が観たいから、太平洋側は変わらなかったが、神奈川県側ではなく、次第に千葉県、具体的には館山・鴨川・勝浦・大原・九十九里・銚子と、まだ知らない土地に向かった。

遠出をするようになると、指定席券を買って特急に乗った。膝の上に自家製の塩辛などを並べ、ワンカップをちびりちびりとなめて過ごした。

 

同じ朝日なのに、元旦に出てくる太陽は神々しい。

 

「一年の計は元旦にあり」は、中国の伝統的な年中行事やしきたりを解説した明代の書「月令広義」に由来する。

正確には「一日(いちじつ)の計は晨(あした)にあり、一年の計は春にあり」という一文。ここで「晨」は朝を指し、「春」は正月を意味する。

この戒め(いましめ)は「1日の初めとなる朝、一年の初めである正月にこそ計画を立てるべき」となる。たとえば王位を継承する者にとって初日の出を拝むことができれば安泰となるだろう。

 

大学を卒業しても就職しても、結婚して子どもが生まれても、快答ルパンの生活は安定することがなく、家計は火の車。それにもかかわらず「作家になる」との筋違いな辞意を伝えて、彼は3回、転職を経験している。

クライアントだった旭化成へーベルハウスで自動制御の家を建て、独立して内勤から外勤に代わり、本を書くようになっても初日の出を愛でる人生を送ってきた。

 

夕焼けはノスタルジックで美しく、朝日もまた美の活力を感じさせ、あまりにも弱い人間を威嚇(いかく)し続けた。

人生がどんなに汚れていても、想いを寄せた馴染み(なじみ)の女性が他人と恋におちて、騙し討ちのような手際よさでラブホテルに入り、そこでを重ねたとしても、自然の美の存在感を超える出来事は知らなかった。

たとえ衣文掛け(えもんかけ)に、快答ルパンがプレゼントしたディオールのマフラーが無造作に駆けられていたとしても、必ずやってくる初日の出は、いつも美しかった。

 

その女性に色仕掛けを仕掛けようと書いたラブレターも、愛に関わる語彙(ごい)の知識を得ただけで徒労に終わっても、雪化粧をしたばかりの街は無条件に美しかった。かの天才詩人の「汚れちまった悲しみに……」という言葉をかみしめ、快答ルパンは人生の坂を駆けのぼった。駆け落ちていたことも知らずに。

 

西日本は1995年1月17日、東日本は2011年3月11日、非常時となった。

それでも大晦日はあり、四人組の三人とは疎遠になったものの、快答ルパンは一人で車を走らせ、海辺を目指した。

 

できるなら水平線から太陽が昇るスッキリした初日の出を求めているが、快答ルパンは、まだ一度も、その賭けには勝ったことがない。

それでも、今年は水平線から昇る太陽を観て、日本初の作品を世に問い、ミリオンセラーを飛ばして、豪華客船に乗って世界遺産をめぐる旅に出ようと祈ることだろう。

 

 

■ヒント

【縦10】騙し討ち

【縦12】衣紋掛け

<横7>色仕掛け

<横24>非常時

 

 

 

2020年2月1日