2015年、夏の終わり。
横浜駅西口地下街にある有隣堂書店で、「有隣堂謎解きウォーク」が、ミステリアスに、ひっそりと開催されました。
<第1の謎・問題>
名探偵諸君! 有隣堂・横浜西口店の各フロアには謎を解くカギが掲示されています。フロア地図をたよりに12カ所の言葉を集めると日本を代表する二人の推理作家の名前が浮き彫りになるでしょう。
この問題にしたがって、有隣堂のフロアを歩くと、謎が解けます。
謎が解けたら、いよいよ「第2の謎」に挑戦します。
それは、「謎解きクロス9×9」の問題になっています。
■港が見える洋館
その街の高台には、かつて旧い洋館が建っていた。
そう、今では白いマンションが建っているあたり一帯、異国から来た名のある貴族【3】の末裔の住処【22】になっていた。
洋館に続く広い駐車場に立つと、すでに街全体を見渡すことができた。
広い港湾と倉庫群、海岸線に沿って流れる運河<18>や石畳の敷かれた散歩道<24>などが見える。
ぼくは駐車場まで来て、港に出入りする客船や貨物船をぼんやり眺めるのが好きだった。やってくる船も出ていく船も、スローモーションのようにゆったりと移動した。
この駐車場にいると、矢のように過ぎてしまう青春の時間が、とてつもなく遅くなるような気がした。ぼくは中学3年生だが、このまま年をとらず、少年のままで過ごせたらいいと願っていたのである。
「おー、待たせたなー」
その日、8月15日は、高台にある洋館へつづく鉄門が開放される日だった。
洋館の中庭では句会【14】が開かれ、街の名士たちとともに地元の小中学校の成績優秀者が招待された。ぼくの成績はふつうだったが、小学三年生のときにあった俳句コンテストで、大人にまじって優秀賞をとってから毎年招待されていた。
「ここから、まだあるのか?」
体格のいい画家【2】のポロシャツは、絵具を入れたリュックを背負っていることもあり、汗でびっしょり濡れていた。
「ウォー、いい風だ。ちょっと休ませてくれ」
芸大で講師をしている彼は、ときどき港湾に立ち並ぶ倉庫の前で、観光<27>でやってくる外国人を相手に似顔絵を描いている。まだ彼は名士ではなかった。しかし港で開かれた七夕祭のとき、洋館の家主の遠い親戚だという美人三姉妹の似顔絵を描いた。その芸術性に感動した長女から、直接招待されたのである。
「はい。まだまだです。洋館に吹く風は、もっと冷たくて気持ちいいですよ」
「そうか。じゃあ行くか」
洋館につづく階段に並行して自動車が通れる幅の道があったが、勾配が急なために四輪で駆動<11>する自動車でなければ、上りきるのは難しい。それで、駐車場に車を停め、階段で歩くのである。
階段の途中で、地域の歴史を掘り起こして語り部をしている落語家に会った。
「この坂【24】を一気に上るのはつらいね。過労【15】で倒れそうだ」
彼のいる場所は踊場になっていて、遠く洋館の二階、ベランダから屋根にかけて見渡すことができた。そこには喫煙のスペースが設けられていた。
「一服しようかな。洋館は禁煙だって聞いたから」
画家と落語家が煙草をすっていると、周辺の樹木にいた鳥<20>たちが、煙に刺激されたのか、鳴き声をあげはじめた。前後左右、鳴き声はサラウンド【12】のように響きあって、何やら不気味な空気を感じさせる。
「おや、みんなおそろいで」
下から、画家の高校時代の学友【19】であり、新聞記者をしている男が上がってきた。
「あれ? 君は取材なのか?」
「美人姉妹について書いてくれと他紙【5】に頼まれて、アルバイトでやってきたのさ」
画家・落語家・記者の3人は、二本目の煙草に火をつけながら、しばらくはミステリーについて語り合っていた。
「それにしても立派な洋館だ。まるで江戸川乱歩の小説に出てくるような」
「きみも古いねぇ。せめて赤川次郎の小説に出てくるようなといってほしいな」
「ところで俳句をつくる少年。きみはもう何回、ここに呼ばれているの?」
ぼくは9回目だと答えた。そして当然のように、これまで中庭であった句会の様子を聞かれた。そして雨の日に洋館に入って句会をしたときのことも語らされることになった。
二年前のあの日、狆(チン)【25】を抱いた貴婦人に連れられて入った応接室で、ぼくには紅茶がふるまわれた。レモンの酸<12>が効いている飲み物は、何故か意識を研ぎ澄ませた。大人たちは、口当たり【10】のいいスコッチを飲んだ。それは人生の毒<23>になる飲み物なのだろう。みんな、なんだか人が変わったように陽気に見えた。
「洋館の中に入った人は少ないんじゃないかな。で、どうだった?」
「びっくりしました。ものすごく広い応接間があり、真ん中にポツンと箪笥<21>が置かれていました。正確な値<17>はわかりませんが、高さ、幅、奥行きも1メートルほどで、なんだか小さなタンク【21】のような形<13>なんです。そこに、引き出しのようなものが3つありました」
引き出しの取っ手のあたりには、何か落書きがしてあった。近くでみると「奈津子・亜希子・布由子」と、洋館に住む美人三姉妹の名前が書かれていた。
どこからともなく、地域に伝わる数え歌<7>が聞こえてきた。単純な節回しの割には語句<9>が難しく、くぐもった声はさびついているようだ。
貴婦人が上の引き出しを開けると、身体<15>を不自然に折りたたまれた三女が収まっていた。二段目には次女。一番下の引き出しには長女が収まっている。三姉妹は、ヨガの達人らしい。二人の執事に抱えられて引き出しから出された三姉妹は、それぞれ不自然に組まれた長い手脚をほどくと、レオタード姿になってぼくたちの喝采をあびた。
「びっくりしました。一瞬、死んでいると思ったから。彼女たちも苦しかったようです。しばらく稼働【4】しなくなったロボットのように、ぎこちない動きでしたから」
その洋館は、今では跡形もなくなっている。ぼくは、あのときに洋館で三姉妹が歌ってくれた「○○○○○」が忘れられない。
※「謎解きクロス9×9」のフレームは、すべて共通です。