パズル小説

このエントリーをはてなブックマークに追加
このページには、謎解きクロスの問題を掲示します。解答用紙のPDFファイルをダウンロードして挑戦してください。

この短歌の作者は誰?<5>

■ぼくらは竹早探偵団

太古の昔から、自然も人間も、そうそう変わるものではない。は、昔も今も街を覆うし、蛸の足は8本で、烏賊の足は10本だ。

明智小五郎の活躍していた明治時代と今では、100年しか違わない。

明治も平成も、季節には春夏秋冬があり、桜には河津やソメイヨシノなどの種類がある。

パンは小麦から作り、寿司の銀シャリはからつくる。

悪人を退治する明智小五郎の助手に『少年探偵団』があったように、快人五面相にも仲間が必要。それを『竹早探偵団』と呼ぶこととしたい。

明智探偵は、警視庁に強いコネがあり、交通事故を起こしても大目に見てくれる。

怪人二十面相も、犯罪者でありながら、とても稀有な存在だ。

ボルネオやビルマから戻った人物にすり替わり、警備の者がたくさんいるなかで、宝石を奪っていく。

してやられた大金持ちは、失意のまま眠りにつくことになる。

快人五面相には会津の生まれで、古風なところがある。

もし、読者が勤めを休んで、近くのに渡って休暇を楽しむときには、パズル小説を持って出かけていただきたい。

そしてギアをトップに入れて、謎解きを楽しんでほしい。

三浦しをんが書いた『舟を編む』という小説は、コツコツと辞書を編纂していく人の物語だが、パズル小説でも、コツコツと謎解きをしながら読むという、ある意味では地味な作業が必要となる。

それでも、竹早探偵団の活躍には、きっとわくわくするはずだ。最後は読者諸君の胸を打つ結末が待っているのだから。

竹早高校で青春時代を送った仲間は、篁会で人生の探検にでる。

2019年3月2日

この短歌の作者は誰?<4>

■快人五面相の誕生

いくらする江戸川乱歩先生の『怪人二十面相』の著作権が切れているとしても、それをそのまま活用するのは忍びない。作家魂が、泣く。

謎解きクロスもパズル小説も、ただの言葉ではあるものの、その背景には『まだ誰も生み出したことのない作品を創造する』という大志がある。

私も江戸川乱歩先生を尊敬し、を感じてはいるが、ただの隠し芸で終わりにするわけにはいくまい。これは人としての品(ひん)格の問題だ。

たとえば遠い外国、孤立するに10名の仲間が集められる。

そこで謎の図画に書かれた暗号の通りに、次々と殺人が……。

登場人物が、それぞれ知恵を出し合って実業家美人お供を守ろうとするストーリー。殺されるときに何か合図をしている死体。

晩餐のシメに食べたもやしソバも、きっと何か意味があるのだ。ただ、いくら秀逸なミステリーを書いても、その根本的な謎解きのコンテキストが、あの作品に似ていたらアウトだろう。アガサ・クリスティの作品と設定が似ている。

それはのすること。モノマネであり、これでは日本国内で通用しても、外貨を稼ぐことはできない。

檸檬という短編で、梶井基次郎は富士山の形ではなく重さを語った。作り物の模型などにはない大自然の重さ。

暖をとる火鉢は、で包めば持ち運びができる品(しな)だが、冨士山は動かない。運べない。その重さを感じたいという梶井基次郎。

そこで登場するのが、怪人二十面相ではない真逆のキャラクター。それを私は快人五面相と呼ぶことにする。彼の好きな音楽はジャズではなく演歌だ。

事件を起こしては、ゴメン、ゴメンと謝る、気が弱いスーパースター。それがパズル小説の主人公なのである。

2019年3月2日

この短歌の作者は誰?<3>

■江戸川乱歩は、天才である

昭和30年代の暮らしでは白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫という家電3品目が三種の神器と呼ばれ、日本は高度成長に突き進んだ。

住めばという。都市はスモッグでつらかったが、クルマ・クーラー・カラーテレビが新・三種の神器となり、私たちは一億総白痴時代を迎える。正月に遊ぶカルタで、『さ』は三種の神器だった。たぶん。

さて、江戸川乱歩の小説が書かれたのは100年前という過去だが、怪人二十面相がテレビや映画で活躍したのは、そんな時代である。

あのころを知っている人なら、誰でもを澄ませば聞こえてくる。

ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団~モノクロのテレビ画面で、の中から突如として現れる怪人二十面相。

怪人を追うのは、名探偵の明智小五郎。彼は、事件を解決すると片目をつむってウィンクをする。いぶし銀のイケメンである。

大粒のダイヤモンドで細工をした王冠は、二十面相の福の神だ。王冠の在り処は、知らぬ間に、怪人二十面相の知るところとなる。

怪人は、変装の名人なので誰が味方かわからない。雄弁な人も寡黙な人も、みんな怪しい。廊下を、がすりで忍び寄ってくる。

そして王冠を盗むと、これまで着ていた衣服を脱ぎ捨て、山登りが得意なのだろう、窓から屋根に乗り、屋敷を出て、庭に打ち込んだ、を倒し、花壇の中をまっしぐらに駆け、を立てて塀を乗り越え小路に入る。

ここまで一分もかからない。まさにの仕業だ。

怪人二十面相の住む屋敷の居間には地下にある隠れ部屋へ降りる階段がある。謎めいた姿は超イケメンで、誘拐された大金持ちの御令嬢もめまいがするほどだ。そして一瞬でに落ちる。

2019年3月2日

この短歌の作者は誰?<2>

■江戸川乱歩の『怪人二十面相』

子どものころ、といっても昭和30年代後半のことだが、我が家にもモノクロのテレビがあった。いくつかの番組を強烈に記憶している。

の光を浴びて登場する月光仮面は、『どこの誰だかしらないけれど誰もがみんな知っている』なのだが、二十面相は、誰にでも変身するので、どこにいるのか、わからない。

何となく怪しい空気を持つ人物がいるだけである。

怪人二十面相は、無敵だ。いつも、騙されて恥をかくのは警察側。そこに登場する名探偵の明智小五郎、同じの仲間で少年探偵団をつくっている小林少年は、気長見張りをする役が似合っていた。

子どもなのに、とても我慢強い。

その二十面相は、盗賊だけれど、人殺しはしない。の延べ棒や宝石、名画などを盗む。あらかじめ盗みに入る地区やお屋敷を指定するので、財宝の所有者はを高くして眠れない。

そんな怪人二十面相の私生活は謎だが、優しい男で、ベランダでは葉肉植物を育て、死んだ恋人のためにを育てている。

好きな食べ物は焼肉。ラムキムチが大好きらしいが、辛いものばかり食べていて味覚は大丈夫なのだろうか。

明智小五郎に追い詰められた思いがけない人物は、突如として顔が破裂するかのように歪み、内側から気迫にあふれた怪人二十面相の真の顔が現れる……と思ったら、その顔は明智小五郎だったりする。

怪人二十面相が鼻をかむと、なんだか人生の重みが感じられる。

怪人は、たとえつかまってに収監されても、いつの間にか脱出している。彼に、不可能はない。

そんな怪人二十面相の物語のが、いよいよ開くことになる。

2019年3月2日

この短歌の作者は誰<1>

パズル小説の展開。今回の作品は、謎解きクロス7×7を使っています。

連続5回です。1作ずつ、ご紹介しましょう。

■パズル小説事始

ご存知のように、小説のような著作物には骨身を削って創作したご褒美に、

著作権が定められている。

あまり意識したことはないが、その権利には保護する期間が定められている。小説の場合、100年という決まりだ。

逆にいうと、どんな名作でも、好評されてから100年が経てば、著作フリーとなる。

まあ、法律のスキマないし谷間にあたり、それまではがかかっているように活用できなかった名作も、復刻することが期待される。

作家のファンにとって、100年を経てドアが開いて明かりがともることを、祈りを込めて、待っているのである。

著作権フリーになると、その作品そのものの復刻とともに、そこから派生する新しい創作物も「真似した」といわれることなく、堂々と利用することもアリなのである。

もともと、物書き、作家という人種は内気な人が多く、ビールを頼んだら自動的に柿の種が出され、お通しとして300円がつけられていても、何かのミスで3000円となっていても、文句が言えないタイプである。

スーパーのチラシに誘われて弁当を買いに出ても、いろいろバラエティのあるなかから、結局幕の内を買ってしまう。

仕事がなくなり、長期療養を余儀なくされて旅にでるなら温泉かインドになる。ニューヨークや北欧などにある国は寒いという理由だけで選ばない。短期休暇は、近くの空地で、のようにのんびり過ごす。

パソコンのみならず、あらゆる機器の操作が苦手で、誰か助けてくれなければ、うっかりの中に飛び込んでしまうことだろう。

パズル小説は、そんな作家の、たわごとから始まった。

2019年3月2日

パズル小説「怪人二十面相」第1話 鉄のワナ

■1■鉄のワナ

麻布の、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸があります。

四メートルぐらいもありそうな、高いコンクリート塀が、ズーッと、目もはるかに続いています。いかめしい鉄の扉の門を入ると、大きなソテツがドッカリと植わっていて、その繁った葉の向こうに、立派な玄関が見えています。

いく間ともしれぬ、広い日本建てと、黄色い化粧れんがをはりつめた、二階建ての大きな洋館とが、かぎの手にならんでいて、その裏には、公園のように、広くて美しいお庭があるのです。

これは、実業界の大立者、羽柴壮太郎氏の邸宅です。羽柴家には、今、非常な喜びと、非常な恐怖とが、織り混ざるようにして、襲いかかっていました。

喜びというのは、今から十年以前に家出をした、長男の壮一君が、南洋ボルネオ島から、お父さまにお詫びをするために、日本へ帰ってくることでした。

壮一君は生来(せいらい)の冒険児で、中学校を卒業すると、学友とふたりで、南洋の新天地に渡航し、何か壮快な事業を興したいと願ったのですが、父の壮太郎氏は、頑としてそれを許さなかったので、とうとう、無断で家を飛び出し、小さな帆船(はんせん)に便乗して、南洋に渡ったのでした。

それから十年間、壮一君からはまったくなんの便りもなく、行方さえわからなかったのですが、つい三ヵ月ほどまえ、突然、ボルネオ島のサンダカンから手紙を寄越して、やっと一人前の男になったから、お父さまにお詫びに帰りたい、といってきたのです。

壮一君は現在では、サンダカン付近に大きなゴム植林を営んでいて、手紙には、そのゴム林の写真と、壮一君の最近の写真とが、同封してありました。もう三十歳です。鼻下(びか)に気取ったヒゲをはやして、立派な大人になっていました。

お父さまも、お母さまも、妹の早苗さんも、まだ小学生の弟の壮二君も、大喜びでした。下関で船を下りて、飛行機で帰ってくるというので、その日が待ちどおしくて仕方がありません。

さて一方、羽柴家を襲った、非常な恐怖といいますのは、他ならぬ「二十面相」の恐ろしい予告状です。予告状の文面は、

 

「余がいかなる人物であるかは、貴下も新聞紙上にてご承知であろう。

貴下は、かつてロマノフ王家の宝冠を飾りし大ダイヤモンド六個を、貴家の家宝として、珍蔵(ちんぞう)せられると確聞(かくぶん)する。

余はこのたび、右六個のダイヤモンドを、貴下より無償にて譲り受ける決心をした。近日中にちょうだいに参上するつもりである。

正確な日時はおってご通知する。ずいぶんご用心なさるがよかろう」

 

というので、終わりに「二十面相」と署名してありました。

そのダイヤモンドというのは、ロシアの帝政没落ののち、ある白系ロシア人が、旧ロマノフ家の宝冠を手に入れて、飾りの宝石だけを取り外し、それを、中国商人に売り渡したのが、まわりまわって、日本の羽柴氏に買い取られたものであり、(あたい)にして二百万円という、貴重な宝物でした。

その六個の宝石は、現に、壮太郎氏の書斎の金庫の中に収まっているのですが、怪盗はその在り処まで、ちゃんと知りぬいているような文面です。

その予告状を受け取ると、主人の壮太郎氏は、さすがに顔色も変えませんでしたが、夫人を始め、お嬢さんも、召使いなどまでが震えあがってしまいました。

ことに羽柴家の支配人の近藤老人は、主家の一大事とばかりに、騒ぎ立てて、警察へ出頭して、保護を願うやら、新しく、猛犬を買い入れるやら、あらゆる手段をめぐらして、賊の襲来に備えました。

羽柴家の近所は、お巡りさんの一家が住んでおりましたが、近藤支配人は、そのお巡りさんに頼んで、非番の友だちを交代に呼んでもらい、いつも邸内には、二―三人のお巡りさんが、頑張っていてくれるように計らいました。

そのうえ壮太郎氏の秘書が三人おります。お巡りさんと、秘書と、猛犬と、この厳重な防備の中へ、いくら「二十面相」の怪賊にもせよ、忍び込むなんて、思いもよらぬことでしょう。

それにしても、待たれるのは、長男壮一君の帰宅でした。徒手空拳(としゅくうけん)、南洋の島へ押し渡って、今日の成功を納めたほどの快男児ですから、この人さえ帰ってくれたら、家内のものは、どんなに心丈夫だかしれません。

さて、その壮一君が、羽田空港へつくという日の早朝のことです。

あかあかと秋の朝日がさしている、羽柴家の土蔵の中から、ひとりの少年が、姿を現しました。小学生の壮二君です。

まだ朝食の用意もできない早朝ですから、邸内はひっそりと静まりかえっていました。早起きのスズメだけが、威勢よく、の枝や、土蔵の屋根でさえずっています。

その早朝、壮二君がのタオルの寝間着姿で、しかも両手には、何か恐ろし気な、鉄製の器械のようなものを抱いて、土蔵の石段を庭へ降りてきたのです。いったい、どうしたというのでしょう。驚いたのはスズメばかりではありません。

壮二君は夕べ、恐ろしい夢をみました。「二十面相」の賊が、どこからか洋館の二階の書斎へ忍び入り、名画や宝石を奪い去った夢です。

賊は、お父さまの居間に掛けてあるおの面のように、不気味に青ざめた、なんの意識も感じられない、無表情な顔をしていました。そいつが、宝物を盗むと、いきなり二階の窓を開いて、真っ暗な庭へ飛び降りたのです。

「ワッ」といって目がさめると、それは幸いにも夢でした。しかし、なんだか夢と同じことが起こりそうな気がして仕方がありません。

「二十面相のやつは、きっと、あの窓から、飛び降りるに違いない。そして、庭を横切って逃げるにちがいない」

壮二君は、そんなふうに信じ込んでしまいました。

「あの窓の下には花壇がある。花壇が踏み荒らされるだろうなあ」

そこまで空想したとき、壮二君の頭に、ヒョイと奇妙な考えが浮かびました。

「ウン、そうだ。こいつはいい。あの花壇の中へワナをしかけておいてやろう。もし、ぼくの思っている通りのことが起こるとしたら、賊は、あの花壇をよこぎるにちがいない。そこに、ワナをしかけておけば、賊のやつ、うまく掛かるかもしれないぞ」

壮二君が思い付いたワナというのは、去年でしたか、お父さまのお友だちで、山林を経営している人が、鉄のワナを作らせたいといって、アメリカ製の見本を持ってきたことがあって、それがそのまま土蔵にしまってあるのを、よく覚えていたからです。それを、うまく利用できないか。

壮二君は、その思い付きに夢中になってしまいました。広い庭の中に、一つぐらいワナを仕掛けておいたところで、はたして賊がそれに掛かるかどうか、疑わしい話ですが、そんなことを考える余裕はありません。なにかのノイズのように、一度、気になりだしたら鳴りおわるまでとまりません。

ただもう、無性にワナを仕掛けてみたくなったのです。そこで、いつにない早起きをして、ソッと土蔵に忍び込んで、大きな鉄の道具を、エッチラオッチラ持ちだしたというわけなのです。

壮二君は、いつか一度経験した、ネズミとりを掛けたときの、なんだかワクワクするような、愉快な気持を思い出しました。しかし、今度は、相手がネズミではなくて人間なのです。しかも「二十面相」という希代の盗賊です。ワクワクする気持は、ネズミを始末した場合の、十倍も二十倍も大きいものでした。

鉄ワナを花壇の真ん中まで運ぶと、大きなノコギリメのついた二つの枠を、力いっぱいグッと開いて、一度テストをしてズレをただし、うまく据え付けたうえ、ワナと見えないように、そのへんの枯れ草を集めて、覆い隠しました。

もし賊がこの中へ足を踏み入れたら、ネズミとりと同じ具合に、たちまちパチンと両方のノコギリメが合わさって、まるでまっ黒な、でっかい猛獣の歯のように、の足くびに、食い入ってしまうのです。家の人がワナにかかっては大変ですが、花壇の真ん中ですから、賊でもなければ、滅多にそんなところへ踏み込む者はありません。

「これでよし。でも、うまくいくかしら。万一、賊がこいつに足くびを挟まれて動けなくなったら、さぞ愉快だろうな。どうかうまくいってくれますように」

壮二君は、神さまにお祈りするような恰好をして、それから、ニヤニヤ笑いながらツメを噛み、家の中へ入っていきました。実に子どもらしい思いつきでした。しかし少年の直感というものは、けっしてばかにできません。壮二君のしかけたワナが、後にいたって、どんな重大な役目を果たすことになるか、読者諸君は、このワナのことを、よく記憶しておいていただきたいのです。

2019年2月3日

パズル小説「怪人二十面相」はしがき

パズル小説 怪人二十面相 謎解きクロス®

■パズル小説は、言葉のジグゾーパズル『謎解きクロス』を使って展開する短編小説です。パズル小説の「ゴシック体」に注目し、言葉の破片を解答欄に埋めていきます。ABCDEの文字を並べると解答になります。

■このパズル小説は江戸川乱歩作「怪人二十面相」を元にパズル化しました。

■はしがき■

そのころ、東京中の街という街、家という家では、ふたり以上の家族が顔をあわせさえすれば、まるでお天気の挨拶でもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。

「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわしている、ふしぎな盗賊のあだ名です。その賊は二十のまったく違った顔を持っているといわれていました。つまり、変装が、とびきり上手なのです。

どんなに明るい場所で、どんなに近よってながめても、少しも変装とはわからない、まるで違った人に見えるのだそうです。老人にも未成年の若者にも、富豪にも貧乏人にも、学者にも無頼漢にも、男性から女性まで、まったくその人になりきってしまうことができるといいます。

では、その賊のほんとうの年はいくつで、どんな顔をしているのかというと、それは、誰ひとり見たことがありません。二十種もの顔を持っているけれど、そのうちの、どれがほんとうの顔なのだか、だれも知らない。いや、賊自身でも、本当の顔を忘れてしまっているのかもしれません。

それほど、たえず変化をしている顔、違った姿で、人の前にあらわれるのです。いや、そんな安易世界だけではなく、二十面相がメスシカになったと聞いても、違和感はありません。

そういう変装の天才みたいな賊ですから、警察でも困ってしまいました。いったい、どの顔を目あてに捜索したらいいのか、どんな見た目なのか、まるで見当がつかないからです。もちろん賊の住処(すみか)も東京なのか、大阪なのか、あるいは日本ではなく海外なのかも、わかりません。

ただ、せめてもの幸せは、この盗賊は、宝石だとか、美術品だとか、美しくて珍しくて、とても価値のある品物にを感じ、それを盗むばかりで金貨なら盗むけれど現金には、興味を持たないようなのです。それに、よく聞くような賊たちと違って、人を傷つけたり殺したりする、残酷なふるまいは、一度もしたことがありません。きっと血が嫌いなのです。

しかし、いくら血が嫌いだからといって、悪いことをするやつのことですから、自分の身が危ないとなれば、それを逃れるためには何をするかわかったものではありません。盗みに入ったら手ぶらで帰るわけにはいかない意地もあるでしょうから、東京中の人が「二十面相」の噂ばかりしているというのも、実は、怖くてしかたがないからです。

ことに、日本にいくつという貴重な品物を持っている老舗の宝石店の店主や富豪などは震えあがっていました。今までの様子で見ますと、いくら味方の探偵や警察へ頼んでも、防ぎようのない、おそろしい賊なのですから。

 

この「二十面相」には、一つの妙なクセがありました。何かこれという貴重な品物を狙いますと、かならず前もって、いついく日にはそれを奪いに参上するという時間を指定した予告状を送ることです。賊ながらも、不公平な戦いはしたくないと心がけているのかもしれません。しかも決めた日時は、遅延したことがありません。いくら用心しても、ちゃんと取ってみせるぞ、おれの腕まえは、こんなものだと誇りたいのかもしれません。へら、へら、笑っているのかもしれません。いずれにしても大胆不敵、傍若無人の怪盗といわねばなりません。

このお話は、そういう出没自在、神変(しんぺん)不可思議の怪賊と、日本一の名探偵・明智小五郎との力と力、知恵と知恵、火花をちらす、一騎うち、に横にとびうつる大活劇であり、大闘争の物語です。

大探偵・明智小五郎には、小林芳雄という少年助手があります。この可愛らしい小探偵の、リスのように敏捷な活動も、なかなかの見ものでありましょう。

さて、前おきはこのくらいにして、いよいよ物語にうつることにします。

■特別ヒント「未成年:ヨコ」「無頼漢:タテ」■

2019年2月1日

私はABCDEのない人間です!

本日のパーティで、配布される謎解きクロス。

以下に、記しておきます。

赤羽というマニアックな地にあった「コロンビーノ」は2018年10月で閉店となった。川上店長が手間をかけて作ったホタテガイのパスタが懐かしい。とても残念なのだが、店長やオーナーに真顔文句をいうわけにもいくまい。

ただ、さみしいので東武百貨店14階の『キッチン・グリップ』で、を開くことにした。参加者は15名。篠辺会長が顔を出してくれるので、みんな万難を排して集まった。今後も予定してくれれば、3ヶ月に1回は続くだろう。

二次会は、居酒屋『鞍』。コロンビーノの会が開かれている12月6日、まさに同じ時間、同じ場所で篁会OB会のみなさんが、旧交を温めているという。何という偶然。間がい? そんなことはありません。

なぜ偶然が起きたか……を明かせば『鞍』は竹早の先輩が経営していた店。私は、かつて美術部OBの小杉先輩に連れられてきて、知った経緯がある。

かつて小野先生に感化された私は、1985年、ゴッホを生んだオランダにいた。街には運河が巡らされ、湿気が多く、夜が更けると濃いがたちこめた。

私は、手にするライトもなく、暗い街を歩いた。すると突如としてキラキラ輝く『飾り窓』の一帯が現れた。夜の香りがした。スケッチブックを持ち、新進の画家というキャラで旅をしていた私は、実質バックパッカーで、娼婦を相手にするお金はなく、ただ煌びやかな光を観て歩いた。そして、声がかかった。

暗い待合室に行き、スケッチブックを見せた。彼女は、小さな丸いテーブルで頬杖をついた。手のには、外科手術をしたが残っていた。彼女は「描いて」といって目を閉じる。あわてて描き始めたが、ほどなく彼女は眠り姫となる。

果報は寝て待て……いい夢をみているのか、寝顔がとてもかわいかった。

まだ、ほんの子どもなのである。私は、鉛筆で描いたスケッチをテーブルに置き、明日はきっと素晴らしいことがあると念じて、待合室を後にした。

2018年12月6日

夏目漱石「こころ」パート5

謎解きクロス®5■

(フレームは7×7です)

私(わたくし)は墓地の手前にある苗畠(なえばたけ)の左側からはいって、両方にを植え付けた広い道を奥の方へ進んで行った。するとその端(はず)れに見える茶店の中から、先生らしい人がふいと出て来た。私はその人の眼鏡の縁が日に光るまで、近く寄って行った。そうして出し抜けに「先生」と大きな声を掛けた。先生は、突然立ち留まって私の顔を見た。

「どうして……、どうして……」

先生は同じ言葉を二遍繰り返した。その言葉は森閑とした昼のうちに異様な調子をもって繰り返された。私は急に何とも応えられなくなった。

「私の後をつけて来たのですか。どうして……」

先生の態度は、むしろ落ち付いていた。声はむしろ沈んでいた。けれどもその表情のうちには、はっきりいえないような一種の曇りがあった。

私は私がどうしてここへ来たかを先生に話した。

「誰の墓へ参りに行ったか、妻(さい)がその人の名をいいましたか」

「いいえ、そんなことは何もおっしゃいません」

「そうですか。――そう、それはいうはずがありませんね、始めて会ったあなたに。いう必要がないんだから」

先生はようやく得心(とくしん)したらしい様子であった。しかし私にはその意味がまるで解らなかった。

先生と私は、通りへ出ようとして墓の間を抜けた。イサベラなになにの墓だの、神僕(しんぼく)ロギンの墓だのという傍に、一切衆生悉有仏生と書いた塔婆などが建ててあった。全権公使何々というのもあった。私は安得烈と彫り付けた小さい墓の前で、「これは何と読むんでしょう」と先生に聞いた。「アンドレとでも読ませるつもりでしょうね」といって先生は苦笑した。

先生は、これらの墓標が現わす人さまざまの様式に対して、私ほどに滑稽もアイロニーも認めてないらしかった。私が丸い墓石だの細長い御影の碑だのを指して、しきりにかれこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面目に考えたことがありませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何ともいわなくなった。

時は移り変わる。とどのつまり私たちは玉手を開け、華麗な生活は気化した。華族も邸宅を出て小さな家を借り、を使ったの刺繍でを稼ぎ、やがて小さな墓に入る。

墓地の区切り目に、大きな銀杏が一本空を隠すように立っていた。その下へ来た時、先生は高いを見上げて、「もう少しすると、綺麗ですよ。この木がすっかり黄葉して、ここいらの地面は金色の落葉でうずまるようになります」といった。先生は月に一度ずつは必ずこの木の下を通るのであった。

向うの方で凸凹の地面をならして新墓地を作っている男が、鍬の手を休めて私たちを見ていた。私たちはそこから左へ切れてすぐ街道へ出た。

これからどこへ行くというあてのない私は、ただ先生の歩く方へ歩いて行った。先生はいつもより口数をきかなかった。それでも私はさほどの窮屈を感じなかったので、ぶらぶらいっしょに歩いて行った。

「すぐお宅へお帰りですか」「ええ別に寄る所もありませんから」

二人はまた黙って南の方へ坂を下りた。

「先生のお宅の墓地はあすこにあるんですか」と私がまた口を利き出した。

「いいえ」「どなたのお墓があるんですか。――ご親類のお墓ですか」「いいえ」

先生はこれ以外に何も答えなかった。

私もその話はそれぎりにして切り上げた。すると一町ほど歩いた後で、先生が不意にそこへ戻って来た。

「あすこには私の友達の墓があるんです」「お友達のおへ毎月(まいげつ)お参りをなさるんですか」「そうです」

先生はその日これ以外を語らなかった。

 

■問題■

・一部、漱石のオリジナルにはない文章(3行)が挿入してあります。

◆ABCDEの文字を並べると、あの時代の空気がみえてきます。

夏目漱石「こころ」パート4

謎解きクロス®4■

(フレームは7×7です)

私は、月の末に東京へ帰った。先生の避暑地を引き上げたのは、それよりずっと前であった。私は先生と別れるときに「これから折々お宅へ伺ってもよござんすか」と聞いた。先生は簡単にただ「ええいらっしゃい」といっただけであった。その時分の私は、先生とよほど懇意になったつもりでいたので、先生からもう少しこまやかな言葉を予期してかかったのである。それでこの物足りない返事が少し私の自信をいためた。

私は、こういうことでよく先生から失望させられた。先生はそれに気が付いているようでもあり、また全く気が付かないようでもあった。私はまた軽微な失望を繰り返しながら、それがために先生から離れて行く気にはなれなかった。むしろそれとは反対で、不安にうごかされるたびに、もっと前へ進みたくなった。もっと前へ進めば、私の予期するあるものが、いつか眼の前に満足に現われて来るだろうと思った。

私は若かった。けれどもすべての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった。私は、なぜ先生に対してだけこんな心持が起るのか解らなかった。それが先生の亡くなった今日になって、始めて解って来た。先生は始めから私を嫌っていたのではなかったのである。先生が私に示した時々の素気ない挨拶や冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったのである。傷ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のないものだから止せという警告を与えたのである。他人の懐かしみに応じない先生は、他を軽蔑する前に、まず自分を軽蔑していたものとみえる。

私は無論先生を訪ねるつもりで東京へ帰って来た。帰ってから授業の始まるまでにはまだ二週間の日数(ひかず)があるので、そのうちに一度行っておこうと思った。しかし帰って二日三日と経つうちに、鎌倉にいた時の気分が段々薄くなって来た。そうしてその上に彩られる大都会の空気が、記憶の復活にともなう強い刺戟(しげき)と共に、濃く私の心を染め付けた。

私は、往来で学生の顔を見るたびに新しい学年に対する希望と緊張とを感じた。私はしばらく先生のことを忘れた。

授業が始まって、一カ月ばかりすると私の心に、また一種の弛みができてきた。私は何だか不足な顔をして往来を歩き始めた。物欲しそうに自分の室(へや)の中を見廻した。私の頭には再び先生の顔が浮いて出た。私はまた先生に会いたくなった。

始めて先生の宅(うち)を訪ねた時、先生は留守であった。

先生の宅は、家の低い宅のように安っぽくはなかったが、周りはしかった。その日の雨下(うか)で、私の濡れた筋(すじ)まで冷え込んだ。

二度目に行ったのは次の日曜だと覚えている。晴れた空が身に沁み込むように感ぜられるいい日和であった。その日も先生は留守であった。鎌倉にいた時、私は先生自身の口から、いつでも大抵宅にいるということを聞いた。むしろ外出嫌いだということも聞いた。二度来て二度とも会えなかった私は、その言葉を思い出して、理由(わけ)もない不満をどこかに感じた。私はすぐ玄関先を去らなかった。下女(げじょ)の顔を見て少し躊躇してそこに立っていた。この前名刺を取り次いだ記憶のある下女は、私を待たしておいてまた内へはいった。すると奥さんらしい人が代って出て来た。美しい奥さんであった。

私は、その人からていねいに先生の出先を教えられた。先生は例月その日になると雑司ヶ谷の墓地にあるある仏へ花を手向(たむ)けに行く習慣なのだそうである。「たった今出たばかりで、十分になるか、ならないかでございます」と奥さんは気の毒そうにいってくれた。私は会釈して外へ出た。賑かな町の方へ一ほど歩くと、私も散歩がてら雑司ヶ谷へ行ってみる気になった。先生に会えるか会えないかという好奇心も動いた。それですぐ踵(きびす)をめぐらした。

 

■問題■

◆謎解きクロスは、言葉のジグゾーパズルです。

・ゴシック体の「言葉の破片」を謎解きクロス解答欄に埋めてください。

・一部、漱石のオリジナルにはない文章(2行)が挿入してあります。

◆ABCDEの文字を並べると、あの時代の空気がみえてきます。