前人未踏

謎解きクロスの評価については「面白い」という人と、「何それ」という人に分かれます。私自身は、もちろん「非常に面白い」と感じていて、開発している間も、手応えは十分ありました。

ただ、爆発的にヒットするかどうかは、市場が決めることなので、自信と疑問が半々、というあたり。それを自信8割に変えてくれたのが、2014年の西小山ミステリーツアー。3000人が参加する謎解きイベントで、80名ほどの「正解者」が出て、「問題がとても面白くて感動した」という声を、寄せてくれたのです。

ビックリしました。正直「こんな面倒な問題、やめてくれ」と感じている参加者も少なからずおられたと思うのですが、彼らの「励まし」が、私に踏み込む勇気を与えてくれました。読者のチカラが、ビジネスを育てていくのです。

そして、それから私は、謎解きクロスで何ができるのかを深く訴求し、前人未到(というか、私がつくったから誰もいないだけかもしれません)の道を歩み始めたのです。それは、今も続いています。

少年の頃から、前人未到、誰も歩いていない路を、一人で歩いていく人生を夢見て、わくわくするとともに、孤独を感じ、怖くもあったわけですが、実際に今、還暦を越えて今、進んでいると、やっぱり、ここまで歩いてきてよかったと、すべての出逢いに感謝しています。

私が今、一人で歩いていられるのは、みなさなが応援してくれたから。この謎解きクロスのサイトも、パートナーの福田さんが、無償で応援して、つくってくれたものです。私は、何て幸せな作家なんでしょう。

今日も、前人未到の道を行きます。

2020年2月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

高村太郎の「道程」という詩を習ったのは、たしか中学1年のとき。僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる。という、あの詩が、その後の生き方を変えていきました。

せっかく命を授かったのだから、せめて自分だけの道を歩こうともがいていた10代。最後の挑戦だと思って命がけで冒険に出て、路傍の石でもいい、自分の道を行きたいと願った20代。そして、ビジネス人となり、家庭を持ち、仕事で幸せになることを目指した30代、40代。ところが、私は50代から小説のジャンルに接近していく。ビジネス作家以外の「道」があると、新たに模索を始めたのです。

そして、還暦を迎えるころには、目の前に「謎解きクロス」というツールがありました。


そして今、私は日本初のパズル小説家として、誰も歩いてこなかった道を進んでいます。何をするにも、新しい価値を生み出していく世界。

たとえば、規模はまったく違っているけれど、ピカソが模倣時代を終えて、青の時代に踏み込み、キュビズムを経て、ピカソはピカソだといえるようになった時代のように。私は今、たった一人で、自分の足あとを残しています。

2020年2月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster