パズル小説

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このページには、謎解きクロスの問題を掲示します。解答用紙のPDFファイルをダウンロードして挑戦してください。

夏目漱石「こころ」パート5

謎解きクロス®5■

(フレームは7×7です)

私(わたくし)は墓地の手前にある苗畠(なえばたけ)の左側からはいって、両方にを植え付けた広い道を奥の方へ進んで行った。するとその端(はず)れに見える茶店の中から、先生らしい人がふいと出て来た。私はその人の眼鏡の縁が日に光るまで、近く寄って行った。そうして出し抜けに「先生」と大きな声を掛けた。先生は、突然立ち留まって私の顔を見た。

「どうして……、どうして……」

先生は同じ言葉を二遍繰り返した。その言葉は森閑とした昼のうちに異様な調子をもって繰り返された。私は急に何とも応えられなくなった。

「私の後をつけて来たのですか。どうして……」

先生の態度は、むしろ落ち付いていた。声はむしろ沈んでいた。けれどもその表情のうちには、はっきりいえないような一種の曇りがあった。

私は私がどうしてここへ来たかを先生に話した。

「誰の墓へ参りに行ったか、妻(さい)がその人の名をいいましたか」

「いいえ、そんなことは何もおっしゃいません」

「そうですか。――そう、それはいうはずがありませんね、始めて会ったあなたに。いう必要がないんだから」

先生はようやく得心(とくしん)したらしい様子であった。しかし私にはその意味がまるで解らなかった。

先生と私は、通りへ出ようとして墓の間を抜けた。イサベラなになにの墓だの、神僕(しんぼく)ロギンの墓だのという傍に、一切衆生悉有仏生と書いた塔婆などが建ててあった。全権公使何々というのもあった。私は安得烈と彫り付けた小さい墓の前で、「これは何と読むんでしょう」と先生に聞いた。「アンドレとでも読ませるつもりでしょうね」といって先生は苦笑した。

先生は、これらの墓標が現わす人さまざまの様式に対して、私ほどに滑稽もアイロニーも認めてないらしかった。私が丸い墓石だの細長い御影の碑だのを指して、しきりにかれこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面目に考えたことがありませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何ともいわなくなった。

時は移り変わる。とどのつまり私たちは玉手を開け、華麗な生活は気化した。華族も邸宅を出て小さな家を借り、を使ったの刺繍でを稼ぎ、やがて小さな墓に入る。

墓地の区切り目に、大きな銀杏が一本空を隠すように立っていた。その下へ来た時、先生は高いを見上げて、「もう少しすると、綺麗ですよ。この木がすっかり黄葉して、ここいらの地面は金色の落葉でうずまるようになります」といった。先生は月に一度ずつは必ずこの木の下を通るのであった。

向うの方で凸凹の地面をならして新墓地を作っている男が、鍬の手を休めて私たちを見ていた。私たちはそこから左へ切れてすぐ街道へ出た。

これからどこへ行くというあてのない私は、ただ先生の歩く方へ歩いて行った。先生はいつもより口数をきかなかった。それでも私はさほどの窮屈を感じなかったので、ぶらぶらいっしょに歩いて行った。

「すぐお宅へお帰りですか」「ええ別に寄る所もありませんから」

二人はまた黙って南の方へ坂を下りた。

「先生のお宅の墓地はあすこにあるんですか」と私がまた口を利き出した。

「いいえ」「どなたのお墓があるんですか。――ご親類のお墓ですか」「いいえ」

先生はこれ以外に何も答えなかった。

私もその話はそれぎりにして切り上げた。すると一町ほど歩いた後で、先生が不意にそこへ戻って来た。

「あすこには私の友達の墓があるんです」「お友達のおへ毎月(まいげつ)お参りをなさるんですか」「そうです」

先生はその日これ以外を語らなかった。

 

■問題■

・一部、漱石のオリジナルにはない文章(3行)が挿入してあります。

◆ABCDEの文字を並べると、あの時代の空気がみえてきます。

夏目漱石「こころ」パート4

謎解きクロス®4■

(フレームは7×7です)

私は、月の末に東京へ帰った。先生の避暑地を引き上げたのは、それよりずっと前であった。私は先生と別れるときに「これから折々お宅へ伺ってもよござんすか」と聞いた。先生は簡単にただ「ええいらっしゃい」といっただけであった。その時分の私は、先生とよほど懇意になったつもりでいたので、先生からもう少しこまやかな言葉を予期してかかったのである。それでこの物足りない返事が少し私の自信をいためた。

私は、こういうことでよく先生から失望させられた。先生はそれに気が付いているようでもあり、また全く気が付かないようでもあった。私はまた軽微な失望を繰り返しながら、それがために先生から離れて行く気にはなれなかった。むしろそれとは反対で、不安にうごかされるたびに、もっと前へ進みたくなった。もっと前へ進めば、私の予期するあるものが、いつか眼の前に満足に現われて来るだろうと思った。

私は若かった。けれどもすべての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった。私は、なぜ先生に対してだけこんな心持が起るのか解らなかった。それが先生の亡くなった今日になって、始めて解って来た。先生は始めから私を嫌っていたのではなかったのである。先生が私に示した時々の素気ない挨拶や冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったのである。傷ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のないものだから止せという警告を与えたのである。他人の懐かしみに応じない先生は、他を軽蔑する前に、まず自分を軽蔑していたものとみえる。

私は無論先生を訪ねるつもりで東京へ帰って来た。帰ってから授業の始まるまでにはまだ二週間の日数(ひかず)があるので、そのうちに一度行っておこうと思った。しかし帰って二日三日と経つうちに、鎌倉にいた時の気分が段々薄くなって来た。そうしてその上に彩られる大都会の空気が、記憶の復活にともなう強い刺戟(しげき)と共に、濃く私の心を染め付けた。

私は、往来で学生の顔を見るたびに新しい学年に対する希望と緊張とを感じた。私はしばらく先生のことを忘れた。

授業が始まって、一カ月ばかりすると私の心に、また一種の弛みができてきた。私は何だか不足な顔をして往来を歩き始めた。物欲しそうに自分の室(へや)の中を見廻した。私の頭には再び先生の顔が浮いて出た。私はまた先生に会いたくなった。

始めて先生の宅(うち)を訪ねた時、先生は留守であった。

先生の宅は、家の低い宅のように安っぽくはなかったが、周りはしかった。その日の雨下(うか)で、私の濡れた筋(すじ)まで冷え込んだ。

二度目に行ったのは次の日曜だと覚えている。晴れた空が身に沁み込むように感ぜられるいい日和であった。その日も先生は留守であった。鎌倉にいた時、私は先生自身の口から、いつでも大抵宅にいるということを聞いた。むしろ外出嫌いだということも聞いた。二度来て二度とも会えなかった私は、その言葉を思い出して、理由(わけ)もない不満をどこかに感じた。私はすぐ玄関先を去らなかった。下女(げじょ)の顔を見て少し躊躇してそこに立っていた。この前名刺を取り次いだ記憶のある下女は、私を待たしておいてまた内へはいった。すると奥さんらしい人が代って出て来た。美しい奥さんであった。

私は、その人からていねいに先生の出先を教えられた。先生は例月その日になると雑司ヶ谷の墓地にあるある仏へ花を手向(たむ)けに行く習慣なのだそうである。「たった今出たばかりで、十分になるか、ならないかでございます」と奥さんは気の毒そうにいってくれた。私は会釈して外へ出た。賑かな町の方へ一ほど歩くと、私も散歩がてら雑司ヶ谷へ行ってみる気になった。先生に会えるか会えないかという好奇心も動いた。それですぐ踵(きびす)をめぐらした。

 

■問題■

◆謎解きクロスは、言葉のジグゾーパズルです。

・ゴシック体の「言葉の破片」を謎解きクロス解答欄に埋めてください。

・一部、漱石のオリジナルにはない文章(2行)が挿入してあります。

◆ABCDEの文字を並べると、あの時代の空気がみえてきます。

夏目漱石「こころ」パート3

謎解きクロス®3■

(フレームは7×7です)

私は、次の日も同じ時刻に浜へ行って先生の顔を見た。その次の日にも、また同じことを繰り返した。けれども物をいいかける機会も、挨拶をする場合も、二人の間には起らなかった。その上先生の態度は、むしろ非社交的であった。一定の時刻に超然として来て、また超然と帰って行った。周囲がいくら賑やかでも、それにはほとんど注意を払う様子が見えなかった。最初いっしょに来た西洋人はその後まるで姿を見せなかった。先生は、いつでも一人であった。

ある時、先生が例の通りさっさと海から上がって来て、いつもの場所に脱ぎ棄てた浴衣を着ようとすると、どうした訳か、その浴衣に砂がいっぱい着いていた。先生はそれを落すために、後ろ向きになって、浴衣を二、三度振った。すると着物の下に置いてあった眼鏡が、板の隙間から下へ落ちた。先生は白絣の上へ兵児帯を締めてから、眼鏡のなくなったのに気が付いたと見えて、急にそこいらを探し始めた。私は、すぐ腰掛の下へ首と手を突ッ込んで、眼鏡を拾い出した。先生は有難うといって、それを私の手から受け取った。

次の日私は、先生の後につづいて海へ飛び込んだ。そうして先生といっしょの方角に泳いで行った。二丁ほど沖へ出ると、先生は後ろを振り返って私に話し掛けた。広い蒼い海の表面に浮いているものは、その近所に私ら二人より外になかった。そうして強い太陽の光が、眼の届く限り水と山とを照らしていた。

私は、自由歓喜に充ちた筋肉を動かして海の中で躍り狂った。先生はまたぱたりと手足の運動をやめて仰向けになったまま、波の上に寝た。私もその真似をした。青空の色が、ぎらぎらと眼を射るように痛烈な色を私の顔に投げ付けた。「愉快ですね」と私は大きな声を出した。

しばらくして海の中で起き上がるように姿勢を改めた先生は、「もう帰りませんか」といって私を促した。比較的強い体質をもった私は、もっと海の中で遊んでいたかった。しかし先生から誘われた時、私はすぐ「ええ帰りましょう」と快く答えた。そうして二人でまた元の路を浜辺へ引き返した。私はこれから先生と懇意になった。しかし先生がどこにいるかは、まだ知らなかった。

それから中二日おいてちょうど三日目の午後だったと思う。先生と掛茶屋で出会った時、先生は突然私に向かって、「君はまだ、だいぶ長くここにいるつもりですか」と聞いた。考えのない私は、こういう問いに答えるだけの用意を頭の中に蓄えていなかった。それで「どうだか分りません」と答えた。しかし、にやにや笑っている先生の顔を見た時、私は急に極りが悪くなった。「先生は?」と聞き返さずにはいられなかった。これが私の口を出た先生という言葉の始まりである。

私はその晩先生の宿を尋ねた。宿といっても普通の旅館と違って、広い寺の境内にある別荘のような建物であった。そこに住んでいる人の先生の家族でないことも解った。私が先生先生と呼び掛けるので、先生は苦笑いをした。私はそれが年長者に対する私の口癖だといって弁解した。私はこの間の西洋人の事を聞いてみた。先生は彼の風変りのところや、もう鎌倉にいない事や、色々の話をした末、日本人にさえあまりつきあいをもたないのに、そういう外国人と近付きになったのは不思議だといったりした。

先生はクスと笑い、粕(カス)になるか一となるかとつぶやいた。私は学問に居場を求め、手間を惜しまず、利己への問いを続け紆余曲折を続けていた。

私は最後に先生に向かって、どこかで先生を見たように思うけれども、どうしても思い出せないといった。若い私は、そのとき暗に相手も私と同じような感じを持っていはしまいかと疑った。そうして腹の中で、先生の返事を予期してかかった。ところが先生は、しばらく沈吟したあとで、「どうも君の顔には見覚えがありませんね。人違いじゃないですか」といったので、私は変に一種の失望を感じた。

 

■問題■

◆謎解きクロスは、言葉のジグゾーパズルです。

・一部、漱石のオリジナルにはない文章(2行)が挿入してあります。

◆ABCDEの文字を並べると、あの時代の空気がみえてきます。

夏目漱石「こころ」パート2

謎解きクロス®2■

(フレームは7×7です)

私がその掛茶屋で先生を見た時は、先生がちょうど着物を脱いでこれから海へ入ろうとするところであった。私は、その時反対に濡れた身体を風に吹かして水から上がって来た。二人の間には目を遮る幾多の黒い頭が動いていた。特別の事情のない限り、私はついに先生を見逃したかも知れなかった。それほど浜辺が混雑し、それほど私の頭が放漫であったにもかかわらず、私がすぐ先生を見付け出したのは、先生が一人の西洋人をつれていたからである。

その西洋人の優れて白い皮膚の色が、掛茶屋へ入るや否や、すぐ私の注意を惹いた。純粋の日本の浴衣を着ていた彼は、それを床几の上にすぽりと放り出したまま、腕組みをして海の方を向いて立っていた。彼は、我々の穿く猿股一つの外何物も肌に着けていなかった。私には、それが第一、不思議だった。

私は、その二日前に由井が浜まで行って、砂の上にしゃがみながら、長い間西洋人の海へ入る様子を眺めていた。私の尻をおろした所は少し小高い丘の上で、そのすぐ傍がホテルの裏口になっていたので、私の凝(じっ)としている間に大分(だいぶ)多くの男が塩を浴びに出て来たが、いずれも胴と腕と腿は出していなかった。女はことさら肉を隠しがちであった。大抵は頭にゴム製の頭巾を被って、海老茶や紺や藍の色を波間に浮かしていた。そういうありさまを目撃したばかりの私の眼には、猿股一つで済まして、みなの前に立っているこの西洋人がいかにも珍しく見えた。

彼はやがて自分の傍を顧みて、そこにこごんでいる日本人に、一言二言何かいった。その日本人は砂の上に落ちた手拭を拾い上げているところであったが、それを取り上げるや否や、すぐ頭を包んで、海の方へ歩き出した。その人がすなわち先生であった。

私は、単に好奇心のために、並んで浜辺を下りて行く二人の後姿を見守っていた。すると彼らは、真直に波の中に足を踏み込んだ。そうして遠浅の磯近くにわいわい騒いでいる多人数の間を通り抜けて、比較的広々した所へ来ると、二人とも泳ぎ出した。彼らの頭が小さく見えるまで沖の方へ向いて行った。それから引き返してまた一直線に浜辺まで戻ってきた。掛茶屋へ帰ると、井戸の水も浴びずに、すぐ身体を拭いて着物を着て、さっさとどこかへ行ってしまった。

彼らの出て行った後、私はやはり元の床几に腰をおろして煙草を吹かしていた。その時私は、ぽかんとしながら先生のことを考えた。どうもどこかで見たことのある顔のように思われてならなかった。しかし、どうしてもいつどこで会った人か想い出せずにしまった。

先生は、西洋人をオブ呼んだ。そして砂浜で四股を踏むと、彼と相撲をとった。そのの人なのだろうか。謀がまいている気もしないではない。

その時の私は、屈托がないというよりむしろ無聊(ぶりょう)に苦しんでいた。それで翌日もまた先生に会った時刻を見計らって、わざわざ掛茶屋まで出かけてみた。すると西洋人は来ないで、先生一人、麦藁帽を被ってやって来た。先生は眼鏡をとって台の上に置いて、すぐ手拭で頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。先生が昨日のように騒がしい浴客の中を通り抜けて、一人で泳ぎ出したとき、私は急にその後が追い掛けたくなった。

私は浅い水を頭の上まで跳かして相当の深さの所まで来て、そこから先生を目標に抜手を切った。すると先生は昨日と違って、一種の弧線を描いて、妙な方向から岸の方へ帰り始めた。それで私の目的は、ついに達せられなかった。私が陸(おか)へ上がっての垂れる手を振りながら掛茶屋に入ると、先生はもうちゃんと着物を着て入れ違いに外へ出て行った。

 

■問題■

◆謎解きクロスは、言葉のジグゾーパズルです。

・ゴシック体の「言葉の破片」を謎解きクロス解答欄に埋めてください。

・一部、漱石のオリジナルにはない文章(2行)が挿入してあります。

◆ABCDEの文字を並べると、あの時代の空気がみえてきます

夏目漱石「こころ」も謎解きクロスになる!

これは、伝説の問題です。朝日新聞の小原さんから宿題として提案されたのが「こころ」で謎解きクロスができないか?でした。1年かけて、ようやく「問題文に数行、加えればいい」と気づきました。その結果、こんな問題が「謎解きクロス7×7」でできました。

私(わたくし)はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでも、ただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚(はば)かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執(と)っても心持は同じことである。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。

私が先生と知り合いになったのは鎌倉である。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという葉書を受け取ったので、私は多少の金を工面して、出掛ける事にした。私は金の工面に二、三日を費やした。

ところが私が鎌倉に着いて三日と経たないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国元にいる親たちに勧まない結婚を強いられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた。それに肝心の当人が気に入らなかった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くで遊んでいたのである。

彼は電報を私に見せて、どうしようと相談をした。私にはどうしていいか、わらなかった。けれども実際、彼の母が病気であるとすれば彼はもとより帰るべきはずであった。それで彼はとうとう帰ることになった。せっかく来た私は一人取り残された。

私にも奈良の御所(ごせ)にある親戚に許嫁(いいなずけ)がいたが、敷居が高かった。しかしが働いた。銀行勤めの彼女は新しい機器利子の計算をする。そんな人は無為な私を嫌い、いつかピシと断ってくるに違いない。

学校の授業が始まるにはまだだいぶ日数(ひかず)があるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいという境遇にいた私は、当分元の宿にとどまる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子で金に不自由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった。したがって一人ぼっちになった私は別に恰好な宿を探す面倒ももたなかったのである。

宿は鎌倉でも辺鄙な方角にあった。玉突きだのアイスクリームだのというハイカラなものには長い畷(なわて)を一つ越さなければ手が届かなかった。車で行っても二十銭は取られた。けれども個人の別荘は、そこここにいくつでも建てられていた。それに海へはごく近いので、海水浴をやるには至極便利な地位を占めていた。

私は毎日海へはいりに出掛けた。古い燻ぶり返った藁葺の間を通り抜けて磯へ下りると、この辺にこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動いていた。ある時は海の中が銭湯のように黒い頭でごちゃごちゃしていることもあった。その中に知った人を一人ももたない私も、こういう賑やかな景色の中につつまれて、砂の上に寝そべってみたり、膝頭を波に打たしてそこいらを跳ねまわるのは愉快であった。

私は実に先生を、この雑沓の間に見付け出したのである。その時海岸には掛茶屋が二軒あった。私はふとしたはずみから、その一軒の方に行き慣れていた。長谷の辺りに大きな別荘を構えている人と違って、めいめいに専有の着換場を拵えていないここいらの避暑客には、ぜひともこうした共同着換所といった風なものが必要なのであった。彼らはここで茶を飲み、ここで休息するほかに、ここで海水着を洗濯させたり、ここで塩にまみれた身体を清めたり、ここへ帽子や傘を預けたりするのである。海水着を持たない私にも持物を盗まれる恐れはあったので、私は海へはいるたびにその茶屋へ一切を脱ぎ棄てることにしていた。

 

■問題のフレームは「謎解きクロス7×7」を活用してください

◆謎解きクロスは、言葉のジグゾーパズルです。

・夏目漱石の「こころ」の文章のなかで「ゴシック体」に注目してください。

・それらの「言葉の破片」を、謎解きクロス解答欄に埋めていきます。

・なお、漱石のオリジナルにはない文章(3行)が挿入してあります。

◆ABCDEの文字を並べると、あの時代の空気がみえてきます。

2018年1月4日のテキスト問題

いかがでしょうか。

それぞれ「□」と「□」に、共通の文字が入ります。

◇1◇ だし□しみ×ぱい□にあ → □=

◇2◇ はつ□うで×ぷら□でる → □=

◇3◇ ふせ□かく×むか□かぜ → □=

◇4◇ こい□たき×ばす□いど → □=

◇5◇ かい□いし×あん□ーと → □=

◇6◇ さか□あみ×ふき□がし → □=

◇7◇ ねが□ごと×しが□せん → □=

 

◇8◇ した□らず×はか□おび → □=

◇9◇ ぶん□ざい×てん□いず → □=

◇10◇ まく□もと×ぺん□いと → □=

◇11◇ がん□どき×そら□よう → □=

◇12◇ ふく□かみ×うみ□おや → □=

 

2018年1月3日のテキスト問題

■2018年1月3日

◇1◇ いわ□うた×みせ□ねん → □=

◇2◇ ひと□かま×いい□たえ → □=

◇3◇ かね□うけ×ころ□がえ → □=

◇4◇ はん□うき×とる□いし → □=

◇5◇ かん□うち×けい□ごと → □=

◇6◇ ここ□いき×えこ□じー → □=

◇7◇ ぴあ□すと×さう□ぶろ → □=

 

◇8◇ つき□かり×ほし□わび → □=

◇9◇ かわ□もの×あた□まえ → □=

◇10◇ ばい□えし×こい□たき → □=

◇11◇ こう□うぶ×やき□うふ → □=

◇12◇ さと□がし×ほし□どん → □=

 

 

2018年1月2日ブログの問題

引き続き、1月2日には、こんなふうに続きました。

 

◇1◇ かん□うち×あい□とば → □=

◇2◇ だい□かい×みな□まち → □=

◇3◇ いぶ□ぎん×もや□そば → □=

◇4◇ かね□うけ×ころ□がえ → □=

◇5◇ にち□うび×やお□ろず → □=

◇6◇ ここ□まち×えこ□じー → □=

◇7◇ かく□げい×かみ□ばい → □=

◇8◇ しめ□くり×よこ□へん → □=

◇9◇ かた□くぼ×いろ□とこ → □=

◇10◇ あさ□ぼう×なき□いり → □=

◇11◇ こい□たき×ばす□いど → □=

◇12◇ ぶた□うら×ほし□わび → □=

◇13◇ さが□もの×かく□げい → □=

◇14◇ すき□かぜ×ひざ□くら → □=

◇15◇ かた□かし×えき□とら → □=

謎解きクロス5×5のメルマガバージョン

2018年、元旦から始まるブログで「メルマガ用の問題」を公表しました。よく考えると、すでに「問題」のコーナーがあったんですね。ちゃんと、本サイトを活用しきれていなかったことに、唖然としました。というわけで、こちらにまとめてみます。

■2018年1月1日

◇1◇ さが□もの×おと□もの → □=

◇2◇ ぼた□ゆき×かれ□だー → □=

◇3◇ あさ□ぼう×ぬれ□ずみ → □=

◇4◇ みか□せい×めろ□ぱん → □=

 

◇5◇ いし□たま×ほし□かり → □=

◇6◇ なま□もの×へい□びわ → □=

◇7◇ つけ□つげ×すき□かぜ → □=

◇8◇ かみ□ばい×かく□ごと → □=

◇9◇ みす□りー×こん□すと → □=

 

◇10◇ とし□とこ×ほね□しみ → □=

◇11◇ する□いか×むし□がね → □=

◇12◇ あか□みー×ひき□もの → □=

◇13◇ だい□かい×ひす□りー → □=

◇14◇ さら□どん×くろ□にん → □=

 

◇15◇ ほり□たつ×たま□やき → □=

◇16◇ した□わり×やき□かな → □=

◇17◇ とら□ある×あら□がみ → □=

◇18◇ へそ□がり×いい□わし → □=

◇19◇ くり□たる×えき□たる → □=

問題例

謎解きクロスは、文章の中に<ワード>があり、それを共通フレームに当てはめていくゲームです。

◆問題の事例です

土曜日の昼、いかにも近場を散歩するようなラフな格好で、オレは電車に乗りこんだ。

子どもころ、窓から外が観られる電車が好きで、小銭を握りしめて出かけたものだ。窓から見える【畑】その向こうに連なる山。ときどき、富士山だって観られた。今でいえば「がんばろう東日本!」のような【スローガン】を見つけては大声で読み、乗客の笑いを誘うこともあった。字が読めたのが、うれしかった。電車に乗ったおかげで、【地理】にも詳しくなったかな。

そう、オレはちょっとした鉄道マニアだ。友だち同士で「青春18きっぷ」を買い、行きたい駅の【リスト】を前に、時刻表とニラメッコして一日で回る方法を議論した。

夜行列車に乗り、何やら【得体】のしれない駅に着く。無人駅だが、なかなか出発しないと、ちょっと怖かった。それでも【運】がよければ、列車の窓から思いがけない景色が観られた。たとえば、富士山の頂上から昇る日の出という【稀有】な風景。ときには、ハッとするような美人と乗り合わせもした。高校生にとっては、新鮮な体験だった。

あの頃、流行っていたのは【翼】を下さいというフォークソング。途中下車した駅のホームで、大空に舞う鳥のような【仕草】で走り回った。同級生の【干支】は酉(トリ)がメインだったから、みんな飛びたかったのだろう。

そんな想い出を胸に抱き、電車に乗ったオレが降り立った駅は、目黒線の西小山駅。

実は、失業中なのに昼間から酒を飲んでいると怒られそうでカミさんには内緒にしていたが、西小山商店街の一角、【寿司】屋のハス向かいにある「やきいち」という店で、ちょっとした飲み会が開かれていた。【演歌】が似合いそうな小料理屋だが、流れているのはジャズ。別に高い店ではないが、タダ酒を飲むわけにもいかない。そこで先週、オレはカミさんの【箪笥】預金から五千円札を拝借した。それを握りしめ、やってきたのである。

本日のお勧めは【鯛】のお造り、海鮮の串【カツ】、【コラーゲン】たっぷりのスッポン鍋もできるという。飲み物はビール、日本酒、焼酎に【うこん】のエキスを入れた健康チューハイもある。

せっかくだから【ワイン】にするか……。

え? 今日は困るって。なるほど、よく見たら奥のテーブル席で、博水社の女社長がガラスの【器】を手に笑っている。ワインは止めて、やっぱりいつもの○○○○○でいこう。気取る必要はないのだし、ステキなさ女社長に、もっと笑ってほしいから。

ところで太陽のような三代目にも、苦労はあった。クラッシックバレエを習い、米国への留学を予定していた彼女は、怪我で断念。それで短大を卒業した【二十歳】のとき、決心を固めた。【偉大】な祖父が創業し、吾輩の飲み物という意味から○○○○○という洒落たネーミングをつけた父が社長を務める博水社に就職したのである。

オレの同級生は、ひょんなことから西小山と関わり、そこで三代目女社長との【縁】ができた。そこで失業した私を元気づけるため、プチ同窓会を開いてくれたのだった。もつべきものは、友である。今日も、ちょっとウェットだけど美味しいお酒になりそうだ。

nazotoki-n001

謎解きクロスのフレームは共通で、本問は「7×7」です。

7×7フレーム

2015年10月2日