■江戸川乱歩の『怪人二十面相』
子どものころ、といっても昭和30年代後半のことだが、我が家にもモノクロのテレビがあった。いくつかの番組を強烈に記憶している。
月の光を浴びて登場する月光仮面は、『どこの誰だかしらないけれど誰もがみんな知っている』なのだが、二十面相は、誰にでも変身するので、どこにいるのか、わからない。
何となく怪しい空気を持つ人物がいるだけである。
怪人二十面相は、無敵だ。いつも、騙されて恥をかくのは警察側。そこに登場する名探偵の明智小五郎、同じ組の仲間で少年探偵団をつくっている小林少年は、気長に見張りをする役が似合っていた。
子どもなのに、とても我慢強い。
その二十面相は、盗賊だけれど、人殺しはしない。金の延べ棒や宝石、名画などを盗む。あらかじめ盗みに入る地区やお屋敷を指定するので、財宝の所有者は枕を高くして眠れない。
そんな怪人二十面相の私生活は謎だが、優しい男で、ベランダでは葉肉植物を育て、死んだ恋人のために菊を育てている。
好きな食べ物は焼肉。ラムとキムチが大好きらしいが、辛いものばかり食べていて味覚は大丈夫なのだろうか。
明智小五郎に追い詰められた思いがけない人物は、突如として顔が破裂するかのように歪み、内側から気迫にあふれた怪人二十面相の真の顔が現れる……と思ったら、その顔は明智小五郎だったりする。
怪人二十面相が鼻をかむと、なんだか人生の重みが感じられる。
怪人は、たとえつかまって檻に収監されても、いつの間にか脱出している。彼に、不可能はない。
そんな怪人二十面相の物語の幕が、いよいよ開くことになる。