平成二十六年、十二月六日、日本の「へそ」と言われる京都六角堂で、その企画はスタートした。平成二十六年は、2014年である。
京都の市街地は、碁盤の目のように整然と区割りされている。これを使って謎解きクロスができるはずだと思いついてのプロジェクトになる。12年も前のことだが、今もって、企画も半分までしか進んでいない。
だが、71歳になってもなお、途中で死にかけていてもなお、私は、この企画の完成を信じている。
いずれ、必ず、京都の街を、私のパズル小説をもって散策する人が出てくる。これは歴史の必然だろう。
だって私は、12年経っても、ちっともあきらめていない唯一無二のパズル小説作家なのだから。
ね、喜田さん。
