不思議なことかもしれないが、私は、子どものころから「唯一無二」に、異常なほどの関心を寄せていた。
みんなが持っているものは要らなかったし、初めてみるものは「他に似たようなものがないか」を気にしていた。
一番が好きというのではにく、誰もやったことがないということが、自分の行動の判断基準になっていた。
古希になって、自分を振り替える時間が増えてくると、一つひとつの歴史に「理由」をつけたくなってくる。それは、唯一無二だったのか。ただの天邪鬼ではなかったか。
そして、ふと、一つの理由に気が付いた。
小学校に入るまで、私は「保育園中退~というか、三日しか通えなかった」こともあり、字が読めず、自分の名前も書けなかった。
昭和30年代には、まだ、そういう子どもたちが半分くらいいたから、それ自体は、別に珍しいことではなかった。
問題は、私の身長にあった。
保育園に通わなかった私は、毎日、立教グランド(今の城北中央公園)に行って、草に寝ころび、白い雲をおいかけながら、永い昼寝を愉しんでいた。
寝る子は育つ。小学校に入った時、私の身長は、クラスの平均よりも頭一つ、大きかった。
クラスの中では、何をしても目立った。いつも誰かの目に注視されていた。最初は、みんなと「合わせよう」と思ったが、何をしても、ペースが合わなかった。
それで、何をするにしても、誰にも似ていない行動をとることで、精神のバランスをとっていた。自分は、みんなとは違うという意識が、強くなった。
そんなわけで、唯一無二のものをみつけては、そこに近づいていった。その結果、古希になってもまだ、懲りずに、唯一無二の存在を探し続けている。