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パズル小説・特典あります
謎解きクロスの入門書「パズル小説」は、まず、アマゾンで購入できるkindle版が発刊となります。その電子書籍には、購入特典をつけることができます。それを私は「謎解きクロス7×7の作り方」としました。すなわち、パズル小説を書きたいというニーズ(世の中には、まだないのですが)に答えるコンテンツとなるのです。
すでに、原稿はアップしています。
そして、来週に発刊となる「パズル小説」は、新しい時代の幕開けとなる可能性を秘めています。まさに、令和のパズルが、謎解きクロスとなるのです。

謎解きクロス入門・書籍化しました
みなさん、お待たせしました。
5年をかけて、地域のみなさんとともに育ててきた「謎解きクロス」が、全国展開を前に、いよいよ書籍化されることになりました。
出版社は、電子書籍の雄「ごきげんビジネス出版」さんで、タイトルは、そのものズバリ「パズル小説」となっています。今回は、表紙のご紹介になります。

おいしいローカル線が日本を変える!
全国には、第三セクター&私鉄のローカル線が96路線ほどあるようです。そこでいわれている謎は、ほとんどが赤字路線ということ。これは、実は「当たり前」のことなんですね。
たとえば、国道を使うバスやタクシーなどの公共手段が、道路の管理費や補修費を支払ったら、ほとんど赤字になるでしょう。それに対して、鉄道は、線路のあるインフラ部分の保守管理は、自分たちで行うことになっているそうです。この問題は「上下分離の謎」と呼ばれています。たぶん。
道路のようになれば、少子高齢化で地域が疲弊していっても、工夫次第で赤字を解消することもできるのです。だから、上下分離、走る列車の運営だけやっていれば、ローカル線の赤字は減ります。
そのことを前提に、みなさん、今、ローカル線が、どんどん「おいしくなっている」ことをご存知でしょうか。
さて、ここまで書いて、ヘッダ情報がジャマをして、入力した情報がまったく
おいしいローカル線は、上下分離ができずに悩んでいる全国のローカル線を、少しでも赤字から脱却させるためのメインコンセプトとなっています。
鉄道の「観光価値」に注目し、それを全国のローカル線同士が連携することで、全国、統一的にPRしていきます。その目玉が、地域の食材を地域のみなさんが調理し、豪華なお弁当として提供する「おいしい」展開です。
そのおいしさは、半端ではありません。たとえていえば、JR九州の「ななつ星」や伊豆急行の「ロイヤルエクスプレス」、しなの鉄道の「ろくもん」など、すばらしい水戸岡先生の豪華車両はないけれども、「窓からの特別な景色」と「出されるお弁当」は、超一流という、ローカル線になります。
さて、ここまではNPO法人「おいしいローカル線をつくる会」理事長の鳥塚亮さんの受け売りなんですが、ここからが本題。そのローカル線に、なぜ、パズル小説が「おもてなし」の一環として、提供されていないのか、その謎を解く時期がきているということになります。
全国ローカル線で、まず、パズル小説が配布されます。それは、あちこちのローカル線の「名前」を解答として謎解きクロス。ナンバー1のパズル小説を読むと、たとえば「しなの鉄道」という名前がでてきます。次のナンバー2は、そこで物語が展開しまい。その解答は「いすみ鉄道」などなど。
全国のローカル線が、次々とパズル小説の舞台となります。当然、そこに行くミステリーツアーを、たとえばJTBさんとか近畿日本ツーリストさんとか日本旅行さんで、展開していただきます。
全国のローカル線が、NPOわ格として、パズル小説でつながるのです。そして、これは隠し玉ですが、そんなおいしいローカル線が、ネットワークされる過程で、当然、そことつながっているJRさんや私鉄さんとも、連携していきます。すると、全国で、同時に10ヶ所くらい、毎月変わりながら、鉄道でパズル小説を読む人々が出現するということになります。
謎解きクロスは、ここまできました。あとは、この企画を実現してくれるスポンサーを探すこと。もし、いいスポンサーがなければ、クラウドファウンディングでも展開していきましょう。
さあ、みなさん。令和は、謎解きクロスの時代です。これまでは、企画が成立するプロセスを、本ブログで楽しんでいただきましたが、これからは「いかにして全国に普及していくか」という物語を、リアルのご紹介しましょう。
いずれ、これはTVのドキュメンタリーになりますので、それも併せて、ご期待ください。
令和の寓話、謎が深まる
今さらながら、4月12日の、東大新入生への、上野千鶴子さんの祝辞、かみしめています。
ごそっと、引用させていただきます。朝日新聞から、怒られてしまうかな。それでも、これは大切なこと。省略するよりも、そのまま、提示しておきたいのです。
がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。 あなたたちが今日、「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。 世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと……たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。 あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。 恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶(おとし)めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。 異文化を怖(おそ)れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。 あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。 大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身につけることだと、わたしは確信しています。
そういえば、遊んだ記憶がなかった謎
GWは、フリーランスのライターにとっては、カンヅメになって本を書きあげる大きなチャンス。そう、10日もあれば、たいていの本なら企画からフィニッシュまで、もっていけるのです。
問題は、そうそう、運よく編集者が「カンヅメの成果」を受け入れてくれるか、どうか。編集者の方も、たまたまなのかもしれませんが、私の場合は、GWも、ふつうにお仕事をされている方が多かったのですね。
一方、ビジネスの面では、多くのみなさんが、ひょっとしたらお盆やお正月より、ちゃんと休んで、無理やり、どこかに遊びに行ってた気がします。ビジネス人で、GWという「旅行が高くつくとき」に、ちゃくと家族を遊びに連れていけないようなら、日ごろ、何のために働いているのか、わからなくなります。
私は、ビジネス人のときにも、GWは仕事していましたけれど。でも、そんながむしゃらな時期を過ぎてみると、ものを書いていた時間は充実していて、いろいろ想い出せるのですが、がむしゃらに仕事をしていた13年間は、なんだか「あ」という間で、記憶にないんです。遊んだ記憶もないから(田舎のない私は、お盆にはよく旅行に出ましたが)、せっせと仕事をしていたんでしょう。
ものづくりをするようになって、本を書いていたころのことは、けっこう覚えているのです。謎解きクロスを開発した時期も、パズル小説を書いていた時期も、その作品も、けっこう、想い出せたりします。ものづくりは、時間が「濃密」なのだと思います。
ビジネスは、そうはいきません。あんなに忙しかったのに、あれだけ仕事もがんばっていたのに、日々、どんなふうに過ごしていたのか、クライアントともあれだけ折衝し、飲みに行き、プレゼンでがんばっていたのに、なんだか、記憶には刻まれていません。そういえば、そんなことがあったな、という程度なんです。
だから、かつて、一緒にものづくりをしていた人とは、今でも、ずっと関係が続いているのに、ビジネスで、あれだけ貢献していたクライアント筋とは、ただの一人も、お付き合いが残っていません。寂しくもあり、でも、いちいち覚えていて、記憶していたら、もっと大切な「ものづくり」の時間を忘れてしまうような気がして。
週末作家だったころ、仕事から帰ってきて、真夜中に5時間くらい原稿を書いていた時期も、仕事のことは思い出せなくても、書いていた時間のことは、よくおぼえています。自分にとって、心に残る、貴重な時間だったから。
あ、そういえば。最近、高校から浪人、大学時代の「恋愛」のことを、よく、思い出します。あれも、充実した時間でした。私にとつては。でも、恐ろしい現実を、私は、知っています。私が恋した人の記憶の中に、もう、私がないかもしれないということを。
これ、他の人のことで、よく聞くことなんです。だいたい、自分が好きになった人のことは覚えていても、スキになられてしまった人のことは、記憶から外してしまうのです。
同窓会の謎というのも、あります。相思相愛だったのに、高校生のときには、すれ違っていて、接点がなかった二人。別に、付き合ったわけでもないのに、じいちゃん、ばあちゃんの時代になると、やたら想い出してしまい、そして本人を前にして、「老い」に驚くとともに、自分の姿も鏡で見て「無理ないな」と思ううちに、何となく、老いている相手を「いい年齢を重ねている」と尊敬してしまう自分がいて。
人生、すべてオリジナルであり、自分には自分の、相手には相手のオリジナルの人生があった。そして「夢見るころに出逢い、とっくに夢見るころをすぎても、いとしい」人がでてきたときに、どうするのか。もちろん、人生はもどらないし、二人に、何か特別な関係となる未来がつくれるわけでもない。
でも、気になる。そんな人に、勧めたいのが小説を書くこと。私は、50歳になってから週末作家となり、ブログを500日くらい続け、「愛夢永遠」という長編小説の連載をしていました。愛夢永遠とは、私の父が、生前に建てた墓の墓碑の言葉です。
父は、どんな恋をしたのか。祖父は? いろいろ、思いを馳せる小説にしたかったのですが、自分のことを、振り返るだけで精一杯なのでした。
でも、パズル小説家となった今、もう一度、愛夢永遠というテーマで、長い私小説を書いてもいいかなぁと思い始めています。
そんなわけで、カンヅメになっているものの、仕事の原稿書きではなく、小説の原案を考えてしまう時間が、ほとんどとなっています。いずれ。ものになるでしょうか。
ひとまず、夜中の元気のために、カンヅメの床で、ひと眠りしましょう。