苫小牧で逢いましょう!

謎解きクロスファンのみなさま、こんばんは。

謎解きクロスは、全国にファンを拡大すべく、活用していただける場の拡張を模索しています。メディアとしては新聞・雑誌・パンフレットなど、もともと「文章」が、ほとんどそのまま謎解きに変換されるので、相性がいいのです。でも、もっと楽しいのが、リアルな現場との連携です。

たとえば、ホテルや豪華客船などで行われるパーティー。その会場で謎解きクロスが配られた瞬間、その場の魅力が際立っていきます。すれまで見えていたロビーや喫茶室、パーティールーム、ときには廊下までも、何か謎を解くヒントがあるという空間に変貌しているのです。

たとえば、パーティーの招待状が、謎解きクロスの文章だったら。そして招待状から得た「解答」をもって受付にいくと、そこで謎解きクロスの問題を渡されたとしたら。さらに、パーティーの主催者にまつわるストーリーが、謎解きクロスの文章と重なり、解いていくと、意外な「解答」が浮き彫りになる。

謎解きクロスは、日常の「現実を変貌するツール」なのです。

さて、9月9日の土曜日に、北海道の苫小牧で、全国屋台村連絡協議会の総会が開かれます。その席で、私は謎解きクロスによる屋台村活性化をご提案します。謎解きクロスが、毎月、送られてくることにより、一部の「固定ファン」に、謎解きクロスを解く楽しみを実感していただくことになります。

もちろん、それでけではありません。

全国の屋台村では、謎解きクロスによる日本初、世界初の「ミステリー」の連載を「購入することができる!」のです。

この本は、10ヶ月、楽しむことができます。しかも、何と屋台村でしか入手できません。アマゾンでは、売っていない地域(屋台村)限定のミステリーなのです。

このアイデアは、実は城崎温泉で得ました。志賀直哉の小説「城崎にて」で知られる温泉旅館の街「城崎」ですが、その土産物屋やホテルのロビーに、「城崎でしか買えない小説」が売られていたのです。

なんだか究極の「地域限定商品」に出会ったような気がしました。

そのときは、買って読むという発想はなく「へぇ~」という感想だったのですが、謎解きクロスによる「容疑者や真犯人を、あなた好みにして作る世界で一つしかない謎解きクロスによる小説」を制作販売することを思い立ったときに、自然に、あの小説が目に浮かんできました。

買っておけばよかったのですが、入手するには、城崎まで行かなければなりません。東京からだと、とても日帰りのできない場所で、売られているのです。

さて、この屋台村での展開ですが、いかにも地域活性化から派生して生まれた謎解きクロスにふさわしい舞台だと思いませんか?

来年の1月からスタートすると思います。

お楽しみに!

 

謎解きブームの先駆けに

真夏の夜、ゲリラ雷雨の被害に遭われたみなさんのことを想い、暑さなんて、がまんしなくちゃと思ってしまって熱中症になりかけた私です。みなさん、水分、大丈夫ですか?

謎解きクロスも、今年の夏は、新展開に入ります。

まず、全国一斉に謎解きクロスを展開し、そのヒントをゲットするために街歩きをしていただく仕組みができそうです。

「ヒントはネットで」としてもいいのかもしれませんが、そこは「こだわり」があり、リアルな商店を応援したい、リアルな街を歩いてもらいたい、リアルな街を活性化したいという思いが、この謎解きクロス普及の推進力となると信じている私です。

せっかく、ステキな日本という社会、豊かな自然と伝統のある和食、温泉と人情にあふれた地域が、まだ残っている日本の社会にいるのですから、その「地の利」を、大いに楽しんでいただきたい。

謎解きクロスも、そんな思いのもとに、ちょっと不思議な展開を考えています。

この夏、ひとつのミステリー小説を書き切るつもりなんです。それは、たぶんエクセルで構想を錬ることで実現する、究極のペンシルパズルミステリー。

仕掛け満載。

この写真が撮られた2008年11月から、このような展開を予想していたかといわれると、「実は、もっと先まで、もっと早く実現すると信じていました」と、オオボラのようなことを書いてしまうわけですが、私がその当時から「この仕掛けで利益を得るのは、本がでたとき」と語っていたことは、多くの関係者のみなさんが、知っていることなんです。

謎解きクロスが、ブレイクしたら、地域はどんどん元気になります。なぜ?それは、地域に住む人々や、地域を訪れる人々が、自律的に、興味関心をもって地域の魅力を発見してくれるからです。

地域の魅力が「お金になる」ということは、地域に自立的にかかわってくれる人が増えるということです。そうでなければ、地域で買い物をしないわけですから。

私は、アマゾンで大量の本を購入していますが、それ以上に、東京の大きな書店で本を買い、そして書き込んでしまうため、ブックオフに持ち込んでも「0円査定」になってしまうのですが、それでも持ち込みつつ、経済の循環に、少しだけですが、貢献しています。

そのような買い物の流れが、けっこう大切なのです。

謎解きをすること、謎解きをしながら街を歩く人々が増えたら、必ず、店舗は元気になります。商店街が元気になります。その向こうには、夢がひろがります。

今年の夏、そんな思いで描かれるミステリー小説は、もちろん「そして誰もいなくなった!」なんです。

たぶん、来年の正月から、全国の屋台村で、毎月発売となります。謎解きクロスを解いているうちに、10回連続して解くと、その向こうに凄い結末が待っています。

その結末だけ、私は今、考えています。

ここで考えていることが、2018年12月には、日本中に公開されます。誰もみたことがないミステリー小説、新しいジャンルのミステリー小説の歴史が始まります。

もうしばらく、お待ちください。

謎解きクロス開発物語<7>

謎解きクロスは、ミステリーウォークの問題を作成するときに、「誰も死なない」ことによる興味関心の欠如を補い、本格推理小説のように「謎解きの楽しさ」を際立たせることを目的として、生まれました。

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2008年の秋に、赤坂サカスで行われたミステリーウォークの実証実験では、赤坂という文字をローマ字にしたときにAKASAKAと、たまたまローマ字の回文となっていたことから、謎解きのベースを作りました。

これは、これなりに評価は高く、ローマ字の回文だったとわかったときには「凄い!」という絶賛の声も多々、いただきました。それで、ローマ字の回文になる言葉の「辞書」をつくり、これでミステリーウォークの小冊子をシリーズ化できると、大いに期待したのです。

シリーズ化に際しては、一つ、工夫をしました。

実は、ミステリーの小冊子の原稿は、最初は放送作家の源高志さんに書いてもらっていました。伊豆下田では、小冊子までいかなかったので、私が書いたのですが、翌年に実施した西小山ミステリーツアー(当初はツアーと呼んでいました)では、源さんと二人で西小山を取材し(すなわち昼間から飲み歩き)原稿を委託していたのです。

しかし、よくよく考えると、AKASAKAなどのローマ字回文を使った謎解きと、ミステリー小冊子がリンクしていません。ミステリーも、ローマ字回文で進められたほうが、楽しいはず。

そう考えて、2010年からは、ローマ字回文を使った謎解きのミステリーウォークがスタートしたのです。それが、前にふれましたが、かつうらビッグひな祭りでの「クロスワードパズルを使った謎解き」につながるのです。

そして、私がミステリーの原稿を書くときに、いくつか、決めたことがあります。私は、ビジネス書は30冊ほど書かせていただきましたが、小説では「いつも予選落ち」という、さみしい人生をへてきた人間。たぶん20回くらい応募して、一次予選通過が数回あるくらいで、結果がついてこなかった。ジャンルは純文学からエンターテインメントまで。

もっとも、たとえばキャッチコピーとか、兵庫とか、アイデアとか、ショートショートのようなものは、逆に常連といえるくらい、絶賛されていたりもしました。ただ、小説の壁が高く、厚く、いつも門前払い。

でも、ミステリーについては、何となく「書ける」という自信がありました。というのもトリックや謎解きについては、アイデアが無尽蔵にわいてくるからです。ほとんどが、すでに世に出ているものを、自分の脳だけで作り出したケースなんですが、1000に3つくらい、オリジナルのアイデアもありました。実用新案登録をしたことも、二十歳のころですが、ありました。若気の至りでもあったのですが。

ちょっと脱線しました。

私が「誰も死なないミステリー」を書くとしたら、こうしようという決め事がありました。

①舞台は、日本橋の雑居ビルにある「探偵@ホームズ事務所」です。

②いつも、スタートは「大変だ~」から始まり、仮眠をとっていた池野所長を、助手が揺り起こすところから始まります。

③謎解きのパターンは、いつも一緒。最初は「ローマ字の回文」でしたが、「クロスワードを解く」という謎解きになり、これからつくるミステリーはすべて「謎解きクロス」のパターンとなります。

そうです。私はミステリー作家ではありません。そういう人間が、小説を書くのですから、これまで発表されてきた、どんなミステリーとも被らない、オリジナリティが必要となります。

今、日本に推理作家は約500人。そのうち、小説を発表することで食べていける推理作家は1割の50人といわれています。そのみなさんの経済基盤をゆるがすのは、本意ではありません。そのみなさんにも、大いに活躍してほしい。ただ、小説という世界、業界は、明らかに、血で血を洗うレッドオーシャン。

私は、本業はコンセプトデザインの制作。すなわち新規事業開発専門のコンサルタントをしているのですが、新規の場合は、レッドオーシャンは勧めません。まだ、だれも踏み込んだことのない、ブルーオーシャンに漕ぎ出していくことを勧めるのです。そのときに、コンセプトデザインが重要になります。

謎解きクロスは、ブルーオーシャンに進む、コンセプトデザインなのです。

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私の書くミステリーは、今までの推理作家さんが書かなかった、地域に根差した物語です。だから、地域活性化に役立つのです。

その特長は、さらに加えれば、こうなります。

④実在する地域と、そこで生きるリアルな商店街などがモチーフとなります。容疑者も実在すれば、真犯人も実在します。ただ、誰も死なないミステリーなので、容疑者は地域活性化を推進する人ですし、真犯人は、とってもいい人になっています。

⑤謎解きの解答は、地域のみなさんが決めることができます。謎解きクロスは、当然ながら「解答」から問題を作成するわけですが、その「解答」を、地域のみなさんが決められるという仕掛けが、当然ながら、このモデルの最高の利点なのです。

ということで、謎解きクロスによるミステリーウォークでは、出だしはいつも、こんな感じで進みます。

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ある晴れた日の昼下がり。

「大変だ! 池野所長、これを見てください!」

という叫び声が上がった。

そこは東京の日本橋にある雑居ビルの一室。玄関には『探偵@ホームズ』という看板がかかっている。

もっとも探偵といっても、その事務所では殺人などの凶悪事件や、夫婦ゲンカなどのややこしい出来事を調べることはしない。彼らの専門は文化や歴史、自然、人間の魅力が失われたという難事件を解決することだ。

「また、解答@ルパンから挑戦状がきています!」

アルバイトの伊藤君は、所長に封書を見せた。

「これは、確かに解答@ルパンのメッセージだ」

便箋には胡蝶【蘭(らん)】(縦3)のマークが押されていた。それは解答@ルパンのメッセージが本物であることを証明している。二人は、無二の親友なのである。

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登場人物には、途中から「解答@ルパン」も入ってきました。これは、やはり謎解きを楽しくするための仕掛けです。

さて、ここまで書いてきたことが、謎解きクロスによる「ミステリーウォーク」の、おおまかな歴史と、その考え方となります。

ところが、この謎解きクロスの開発物語は、ここで終わりません。なぜなら、ミステリーウォークを出自としている謎解きクロスなんですが、これまで誰もアプローチしてこなかったブルーオーシャンの世界ゆえに、ミステリーウォークを離れて、謎解きクロスそのものが、一人立ちできる可能性に気付いたからです。

その物語は、2年前の冬、高円寺で福田さんに会ったことから始まります。そう、この謎解きクロスのサイトを作成してくれている、ふくちゃんです。

つづきは、また次回に。

こんな夢をみた。海辺の街に謎は深まる

最近、また、夢をみるようになりました。

海辺の街。グランドがあり、真ん中には生簀があって、大きな海魚が、たくさん泳いでいます。夢のなかでは、よくみる光景です。ただ、ちょっと違うのが、周りにたくさん人がいる気配がしていたこと。
たとえば、村人たち。小学生たちが、はやし立てる。
「くっちまおうぜ」
「そうだ、くっちまおうぜ」
生簀の上には、大きな調理台がある。そこに、海魚がポンと載せられた。口をパクパクさせている。大きくビクッ、と跳ねることもある。小学生たちは、ほとんど死にかけた魚を、調理するわけではなく、そのままむしゃぶりつく。
私が、口をパクパクさせている海魚も、そろそろ死にかけている。
「苦しいだろうな。つらかっただろうな」
そんな声をかけて、命の終わった海魚を、私は左肩に頭を載せるようにして担ぎ、つよく抱いて、海辺の街を歩き始めた。抱いて歩くうちに、それまで海魚だった死体が、少年の死体に入れ替わっていく。
「苦しかったろうな。助けてやれなくて、ごめんね」
死体はまだ、暖かい。海辺といっても、なんだか上野のアメ横のような、築地場外のようなにぎわいのなかを、私は歩いていたのです。しばらくすると、また、少年が、まだ海魚だったころに口をパクパクさせて死にかけていた、調理台がついた生簀のところに出てきました。
そのときです。
死体の目が、少し開いたかと思うと、呼吸を始めた。
「おい、大丈夫なのか」
私は、抱えていた少年を地面に降ろして、立たせました。ちゃんと、立っています。生き返っていたのです。
「おお、よかった。もう、きみを食わせたりしないよ」
私は、かがんで、少年を抱きしめました。
「大丈夫。ぼくが守るから」

こんな夢でした。
少年の顔は、実の息子と娘を足して二で割ったような感じ。二人とも、幼稚園年少くらいまでは、いつも抱いて歩いてあるいていました。二人とも、ちょっと疲れると
「だっこ」
とせがみます。お父さんが抱きあげると、世界はさっと変わります。高みの見物ができるので、子どもたちは大好きなのでした。あのときの感触が、夢の中を支配していました。
世の中には、厳しい風が吹いています。
「くっちまうぞ」
と、みんなが思ってしますし、口をパクパクさせていても、誰も助けてくれません。守れるのは、私しかいないのです。私は、愛する人たちを、守りながら、もっと楽しく、いい人生にしてあげたいなぁと感じていたのです。

怖い夢ではなかったけれど、幸せな夢でもありません。燃える夢でしょうか。
また、本が書きたいと、おもってきました。

「謎解きクロス入門」を書いたら、10年以上前にメルマガで配信していた「愛夢永遠」という自伝小説の着手に入りましょう。この「愛夢永遠」は、自伝小説でありながら、新聞小説の乗りで進み、なんと100回目で、真実が告げられます。実は、100回のすべてが「謎解きクロス」の構造をしていたのです!

こんな小説を書ける人は、世界中で、謎解きクロスの作者である廣川州伸しんいません。

たとえば、今、上の文章が「謎解きクロス7×7」で解けます、なんとことになっていたら、ちょっと驚きでしょう。しかも、100回分のメッセージをジャンニ並べたら、100×5文字=500文字あり、句点・読点をうまく打てば、それ自体が、101回目のエピローグの文章になっているのです。

東京オリンピックのある2020年には、謎解きクロスを楽しむ人は100万人を突破します。(まだ1万人ですが、3年で10万人。その時点で、大手ゲーム会社と提携しますので、ユーザーはすぐに10倍になるのです)

また、こんな夢をみている私です。

時は流れ、謎は深まる

もちろん、人生の謎解きに終わりはありません。それなのに、どうして解決したがるのでしょうか。
人生には、残念ながら終わりがある。終わりがあるとわかったときから、じゃあ、何で始まったのかと、謎が深まっていくのです。
その謎は、とくに夜に際立っています。

夜になると、どうしても、眠らなければいけない。明日のために、眠らなくてはいけないのに、謎が深まっていくのも夜なので、なかなか眠ることかぜできません。

ド・ラ・フレネーという画家がいました。東急文化村の美術館で、回顧展が原枯れました。美の女神に心臓をつかまれたまま、彼は四日間、一睡もせずに200点以上の油彩を描き、歓喜のまま、四回のアトリエから身を投げます。
さて、誰が、フレネーを殺したのでしょうか。

死の直前の4日間に書かれた油彩のなかでも、出色なのは「船出」という、たった3回ほどしか筆を入れていない作品。
観ていると、船が、こちらから向こうに向かって、出港するのが伝わってきます。たぶん、3秒で描かれた、一枚の油彩。

そこに、フレネーの人生が凝縮されていたのです。
それでも私は、誰が殺したのかと、考えてしまうのです。

そこで殺さなくても、自分を終わりにしなくても、よかったのです。そうしい、多くの凡人は、活きてきたのです。
何も、飛び降りなくてもいい。もう、十分ソラを翔んできたのですから、そこで終わりにしなくてもよかったんです。

フレネーの絵は、中学3年のときの美術の教科書に出ていました。アトリエにね立っている自画像。とてもシックな、そして淋しい絵でした。

こういう絵を描く人には、かなわないなぁと思いながら、中3の夏に、私は画家となり、1か月間、受験勉強もしないで、朝から晩まで、絵を描いて過ごしていました。

ふー。

私が、なぜ、そんなことをして生きていたのか。それは、「早熟だから」としかいいようがありません。

そういえば、15歳の夏、高校1年生の夏に京都と奈良と滋賀に、三週間ほど遊び、東京に戻ってきてからも、脱力感にさいなまれ、鎌倉に行きました。

そこで、川端康成に遭ったのです。

荻須高徳の凱旋展の席上で。花束を持って、坊主頭の高校1年生、16になったばかりの青年に、本気で嫉妬していた川端康成。

その半年後に、ガス自殺をするなんて知りませんから。

その後、高校三年生になって、私が書いた川端康成の評論や、小説を読んだ国語の先生から「君は早稲田に行って小説家になるといい。いろいろな学生を見てきたけれど、君の文才はピカイチだよ」と言われ、私はちょっと救われる。

そうか、小説家になれば、私でも生きていけるのかもしれない。あの川端だって、じいさんになるまで生きてこれたのだから。

そんなことを考えていた未成年が、今、どうしてビジネス作家になり、コンセプトデザインを作り出しているのか。

その謎を、なんだか、解き明かす時期がきているような気がします。

そのためにも、私は「謎解きクロス」をブレイクさせて、その後、じっくりと、歴史に残る小説を書き始めましょう。

昔の私を知る人は、「廣川くんは、二十歳のころから、ずっと同じことを語っているねぇ」ということでしょう。

人生の謎を解く前に、やることが多すぎて、多すぎて。とりあえず、眠って、明日の謎解きの時間を待ちましょう。

夢のある嘘と、嘘のない夢

謎解きファンのみなさん、こんにちは。エイプリール・フールです。

謎解き作家は、こんなことを考えていました。この嘘には、夢があるなぁ。この嘘には、なんだか夢も希望もないなぁ、と。

人生の出来事を判断するモノサシに、夢があるかないかがあります。きっとエイプリール・フールにつく嘘にも、同じように「夢がある」嘘がありそうです。

でも、それは夢なのか願望なのか、金銭がからんでくると罪も大きくなります。たとえば「ドリーム・ジャンボ」が当たったという嘘。また「株が暴落した」という嘘。東芝が、再生して黒字になった?

現実とリンクしやすい嘘には、夢がありません。

一方、あのおぼちゃんがみた夢は、何てドリームなのでしょうか。お茶を飲むと若返る? いいな、それ。というドリーム。そんなバカなと思いながらも「200回くらい若返りました」なんていってくれると、「自分も、若返る?」と本気になるかもしれません。

同じように。謎のある恋愛と、恋愛のない謎は、どっちがいい?

謎のある恋愛は、まあ、そんなところでしょうが、恋愛の要素が入ってこない謎は、けっこうしんどいかもしれません。同じ謎解きをするのなら、ちょっと、恋心をくすぐるような謎解きにしてほしい。

それで、須坂では「恋人たちに贈る謎解き」としました。でも、深谷では、伝統的に恋愛はでてきません。

それは、深谷宿ミステリーツアーを書き始めたミステリー作家の故・伊井圭さんが、恋愛よりも、もうちょっと高度(?)な謎解きに目がいっていたからでしょう。同じ人情の機微でも、恋愛になると、ちょっぴり生臭いところもでてきます。

一方、その生臭い謎解きを、青春小説よろしく、さわやかに書いてしまおうというのが、伊井圭さんの友人でもあった冴島学さん。冴さんは、松本で出世して、ちゃんと仕事をしながら、毎晩、飲んでいます。きっと。

というわけで、どんなわけかは謎なんですが、この謎解きクロスでは、恋愛を想起させるようなテーマなり、感動なり、キャラクターなりを設定して、話を統一させたいと思っています。

夢のない嘘はつかず、夢のある嘘と、恋愛のある謎解き。この路線を訴求して、「いつも同じ色」で、パターン化できたら、面白いと思ったりして。

読者があきないように、1000パターンくらい用意しましょう。

こんな一人こども、エイプリール・フールならではかもしれません。

桜の樹の下には

桜の樹の下には、死体が埋まっていると言い切ったのは、梶井基次郎。
この季節になると、たった10日間しかさかずに、桜吹雪となって散っていくソメイヨシノを求めて、私たち日本人は、散策にでます。

桜の樹の下に、何が埋められていると、あんなにはかなく、美しく、生命力がみなぎる桜に育つのか。その謎解きをする人たちも、あとをたちません。

ミステリーの世界でも、桜はかっこうのディティールになります。

この桜が、なぜ、同じ地域では一斉に咲いて、一斉に散るのか。ご存知の片には当たり前でしょうが、知らなければ、相当高度な謎解きになります。なにせ、DNA鑑定という技術があって初めて、その証拠を示すことができるのですから。

ソメイヨシノは、木戸時代に、たった一本の樹から、枝を切り取り、命を分ける形で全国に普及していったものです。沖縄のソメイヨシノは、残念ながら、気温が暖かすぎて「寒冷打破」という現象がないために、ソメイヨシノが花開くことはないのですが、その他の都道府県では、すべて、ソメイヨシノが分散しています。

DNAが同じクローンなのですから、ソメイヨシノは、同じ公園にあれば、同じ川岸にあれば、気温の変化が同じですから、一斉に反応して、開花し、桜吹雪となるわけです。

こんな話も、ここに「謎解きクロス」という仕掛けを加えると、きっと「謎解きカフェ」で配布するための、いいネタになるはず。

謎解きカフェは、これから普及していき、来年にブレイクすることになるのですが、私にとっての最大のミステリーは「謎解きカフェ」といったとたんに「いいね、それ。ブランドになりそう」と、ポジティブにとらえてくれる人と「なに? わかんない」という人に、分かれてしまうということです。

みなさん、情報感度というものに、ぜひ、敏感になってください。昨今では情報が多すぎて、何が大切かわかりにくいですが、このブログは、さりげなく重要なことを書いていますので、だまされないことを祈っています。

すべての謎は、果てしなく続いている

かつて、子どものころ、謎解きをする探偵小説が大好きでした。探偵ホームズに始まり、怪盗ルパンも、明智小五郎も、怪人二十面相も、みんな謎解きがあるから、わくわくして、その世界にひたっていたのです。

やがて、大人になってくると、今度は科学の謎解きに惹かれていきます。なぜ、宇宙は、こんな構造になっているのか。星をみるたびに、不思議でした。そこで講談社ブルーバックスを買いあさり、アインシュタインの理論を学び、超弦理論の登場にわくわくしました。

その一方、人生そのものについての謎解きも、のっぴきならない事態に突入していきました。恋をして破れ、また恋をして。人生とは何か、その影をつかみながらも、謎解きが進まないまま。
気が付いたら、還暦でした。そして、どれほどの謎解きができたのかと振り返ってみると、それぞれの謎は深まるばかりで、決して「解けた」という状態にはありません。

一つだけ、人生というものは、日々、小さな謎解きを繰り返しているうちに、大きな謎はそのままで、不意に終わるときがくるということを、学んだようです。少なくとも、私にできることは、日々、小さな謎解きをして、解けていなくても、一度、追及を止めて、眠りにつくことです。そうすれば、寝ている間に、ひょっとしたら、脳細胞が謎を解くヒントを与えてくれるのです。
名探偵コナンで、毛利探偵は、コナンに強制的に眠らせられてしまい、いつの間にか謎解きを終えているわけですが、現実問題として、体験的には、謎がとけない場合は、寝るに限るのです。寝ている時間に、脳が気を利かして、答えに近づいてくれることもあります。

もっとも、歩くことで謎が解ける場合もあります。これも、私たといたった一つの事例でしかありませんが、歩いているときまは「創造」が進み、寝ている間は「解決」が進みます。ということは、いくら寝ていても「解決」するだけで、新しいものを創造することはできません。何かを作るということは、これまでなかった新しい価値を創造することですから、歩くしかありません。寝ている間に解決できても、何かを作り出しているわけではなかったのです。

というわけで、私は今、謎解きクロスの新展開をするために、せっせと歩かなければなりません。歩けば歩くほど、花粉が目に染みて、鼻を直撃、でも、何とか歩いて、歩いて、新しい何かをつかむために、頭をフル回転させることが求められているのです。
だって、この謎解きクロスは、まだ誰も到達したことがない、世界初のゲームなのですし、私が頑張れば面白いものとしてスタンダードになり、頑張らなければ、誰も知らないまま、その役割を終えていくのです。クロスワードパズルが世界に波及していったときに、寝ながら、課題を解決していって、普及したと考えるには無理があります。やっぱり、とことん歩いて、とことん考えて、ひらめいて、クロスワードは発展したはず。私の謎解きクロスも、そのようにして創造されていくのだと思います。

その前提となる思想(?大げさですが)は、すべての謎は、決して解けて完結ではなく、また新たな謎を生み、永遠に続いていくというものです。謎解きが、途中で終わったら、それは、たまたま。そこは中間地点であり、よくみれば、新たな謎につながっているのです。

たとえば、「深谷宿ミステリーツアー2015」で展開した謎は、2016に引き継がれる。
さらに目黒区「のんびりイベント散歩2015」で展開した謎も、2016に引き継がれる。

今週末、これまで、やりたくても実現しなかった謎解きクロスが、あの地域で、謎解きカフェと融合して、強い企画となって、展開されるかもしれません。

私のチャレンジは、まだまだ続きます。そして街は、新しい謎で満たされていくのです。

みなさんが、自分で解くために。

都立大学&大岡山でミステリーウォーク

2015年10月31日。都立大学で、「のんびり散歩」が開かれました。
その翌日。
2015年11月1日。大岡山で、「のんびり散歩」が開かれました。

どちらも、とっても盛況で、これからの目黒区イベントの方向性を示唆する貴重な2日間となったのです。その様子は、写真でお店できるようになったら、わかりやすいのですが、それは申し越しお待ちください。
今回のブログでは、「都立大学」と「大岡山」と、私、廣川州伸との関係性についての謎解きを少々。

私は、1955年9月生まれなんですが、都立大学駅にある都立大に通っていました。
長男は、1984年9月生まれなんですが、大岡山駅にある東工大に通っていました。
ちなみに、私は、たった2回ではありますが、長男が通っていた東工大の大学院に招かれて、講義をしたことがあります。

ただ、それだけなんですが、歩きながら、考えていました。都立大に通っていたころの自分は、今の自分を、想像できていただろうか。

もちろん「否」です。

大岡山を歩きながら、考えていました。長男は、父がこうして大岡山でミステリーウォークをしているなんて、想像できただろうか、と。

未来というものは、どこにあるのでしょうか。

私たちは、明日何が起こるかという「謎」を前にして、いつもあれこれと思いを巡らせるわけですが、いつも、明日はやってきて、通り過ぎていきます。あの2011年3月11日ですら、前日には、何の予感もなく、ゆれているときにも、まさか津波がやってくるなどとは、つゆ知らず。本当に、想像力のない状態で、ゆれがおさまるのを待っていただけ。

私たちは、未来の出来事に、どこまで関与できるのでしょうか。

街歩きは、そんなことを考えさせる、イベントなんです。歩くことで、過去と未来が、記憶と夢が、つながるような気がします。

明日の夜は、上田です。

なぜ、ヒツジが空を翔べたのか?

みなさん、お元気ですか?
謎解きクロスの原作者、廣川州伸です。
今回は、謎解きクロスでもなく、ミステリーウォークでもない「読み物」のお話です。
10月下旬、IDP新書で「なぜ、ヒツジが空を翔べたのか?」というタイトルの本が発刊されます。たぶん、税抜きで800円。税込みですと、864円かな。
この本は、私の、ほぼ2年ぶりの新刊。ということは、2年間は書き続けて、ようやく完成したということになります。
そのコンセプトは、決断できない人に、決断する人の「手の内」を明かし、人生において重要な決断をする人になってもらうという、ちょっとした「哲学」をからめたものとなっています。
その哲学とは何か。
これは、モノサシ理論なんです。
私たちは、何か行動をするときに、無意識に、自分の心の中にあるモノサシで測り、判断し、動いています。そのモノサシによって、決断できるかできないか、行動ができるかできないかが決まるわけですが、では、自分のモノサシは、どのようにしてつくるのでしょうか。
これまで、自分のモノサシをつくる方法を解いた本は、ほとんどありません。そもそも、自分のモノサシを意識している人も少ないでしょう。
ところが、成功している500人のみなさんに取材をしてきた私にいわせると、まず、人にはモノサシがあることと、成功するためのモノサシの特徴があるということが、わかってきました。
たとえば、100メートルの長さのものを、30センチのモノサシで測るのは、大変です。100メートルのものなら、巻き尺のような、大きなモノサシが必要となります。
ところが、大きなモノサシでは、3センチしかないものを測ることはできません。
それぞれ、何かを決断しようと思ったら、使うモノサシが異なっているのです。それを、無理やり、自分の小さいモノサシで測ろうとしたときに、混乱が生まれ、何が真実かもみえなくなり、結局、危険だと判断して、飛び出す結論はできません。
まあ、そのような話を、新書版で200ページほどしています。
この本は、最初と最後に「ヒツジの物語」がついています。ぜひ、これを読んでいただきたい。私としては、いつか、このヒツジの物語を、絵本にしたいなぁと思っています。
もっとドリームを語ると、映画になっても、おかしくないヒツジの物語。私は、自分でも、大いに想像力をかきたてられました。なので、誰か、映画監督さんの目にとまると、アニメの原作にしてくれる気がしてならないのです。
相変わらず、困った私。
でも、人間から想像力をとっぱらったら、何が残るのでしょうか。
謎解きクロスも、ミステリーウォークも、想像力がなければ、まったく先に進めません。これは、想像力のゲームなんです。
そして、歩きながら想像力を発揮することで、待ちの魅力が、輝いてくるのです。
今日は、金曜日。
みなさん、よい週末を!

2015年10月2日 | カテゴリー : , 読み物 | 投稿者 : wpmaster