古希にもなると、夢を語る時間が減る。夢を語り合う人間も減る。だから、SNSやブログで、若いフリをして夢物語を語っている。
そもそも、夢が実現したから、ここにいるともいえるし、夢がかなわなかったから、ここにしかいないということもできる。すべて、自分の「見方」でしかない。そんな認識でいる私に、編集者から質問があった。
「運」って、何? 自分の「運」って、誰が、どうやって決めるの?
まず、生きているだけで「運」がいい。しかも、70年も死なないでいきてこられたのも、「運」はよかった。本を50冊、書けたのも「運」がよかった。ベストセラーがなかったのは「運」が悪かった?
いえいえ、それは実力がなかったからだな。
そして今、私は「運」がよければ、誰かが「パズル小説」を認めてくれて、大吉くじも認めてくれて「おもしろい」として、アクションを起こしてくれるだろう。「運」が悪ければ、一万人に数人しかいないとみられる、そんな人に出逢うことなく、私は一生を終えることになる。
で、結局、私は「運」がよかったのか、悪かったのか。
実は、じゃんけん大会で、300人のトップに立ったことがある。実は、地域のガラガラで特賞をとったことがある。実は、年賀はがきでも特賞でメロンが贈られてきた。そこそこに、「運」がよかった気がしている。
で、先週、生まれて始めた自分の金で、自分で考えて、調べて、買った3銘柄が、1週間経ったら、1割も下落していた。デイトレーダーだったら、ヤバイのだけれど、来週は、もうちょっと下がるとみている。
上がるのは、3月の末くらいから。
その考え方が「当る」なら、私は「運」がいいと思う。ふつうは、株で儲けることは難しい。私は、たぶん、だんだん儲かるようになるだろう。
でも、それはすべて「やりたいことをやる」ための手段。ものづくりができれば、私の人生は大成功。生きていることは、毎日「幸運」だから。
それでいい。それしかない。