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Tokyo異人伝
突然、新しい小説のコンテンツがうかんできました。
昔ながらの「私小説」の形をとりますが、もちろん100パーセントのフィクションです。
私は1955年9月、Tokyoの片隅で生まれました。父は株屋で収入が不安定。母は生命保険の外交員として働いていたようです。
生まれた時、とくに普通だったようですが、小学校にあがるころ、一つ問題がありました。体育館で記念撮影をすめため整列したとき、最後列の端にいた私は、隣の生徒よりも頭ひとつ抜きん出ていたのです。
街の写真屋のおやじから「記念撮影なので、そこの出っ張り、足を切るか中腰になるかを選びなさい」と言われました。足を切られると痛いので、中腰を選んで、みんなと同じように整列しました。
小学三年生になると、ふつうの教師の新調を超え、卒業式にはどの教師よりも高くなっていました。卒業アルバムでは、誰に教わったのか「サーカス団で活躍したい」と書きました。
誰かに強制されたわけでもありませんが、自分のことを卑下しなければ、仲間から相手にしてもらえないことが、わかっていました。仲間外れにされたくない、そんな気持ちで生活していました。
中学三年生になると、プロレス団体から勧誘されました。「強くなれば異人でもバカにされない」と言われました。私は、異人を偉人と勘違いしていましたが、身体を使わない仕事に就きたいと思い、断りました。
都立高校に入学したとき、私の身長は2メートルを超えていました。ちょうど制服が廃止された時期で、相撲取りのように浴衣を着て通いました。通勤電車のドアは185センチしかありません。
私は膝を曲げて九の字にし、背中を丸めることで、何とか車内に入れました。老若男女、初めて私を観た者は、必ず私を指さしました。半分は「化け物」という蔑みで、半分は「可哀そうに」という同情でした。
高校時代、いつも私は、自分に問いかけていました。自分が生まれてきた社会に、どこか素晴らしいことがあるのだろうか。これからやってくる人生に、何かいいことはあるのだろうか。
※こんな出だしです。「愛夢永遠」という物語とともに、「 Tokyo異人伝」は、遅れてきた作家として、どうしても書き切りたいコンテンツの一つです。
アリエント鈍行哲人事件
今、CAMPFIREのCommunityで、「パズル小説®全国展開プロジェクト」のサポーターを募集し、19名の会員のみなさまに、「長編ミステリー風パズル小説®そして誰も死ななかった」の創作を支援していただいてます。

まだ、ストーリーは中盤に入ったあたり。舞台設定がすべて終わり、ようやく「殺人事件」が始まりました。これからね、終盤に向けて、一気に回り始めます。そんな大事なときに、何ですが、自作のアイデアが降りてきました。
そのタイトルは「アリエント鈍行哲人事件」です。オリエント急行殺人事件は、「そして誰もいなくなった」と並ぶ、アガサ・クリスティの名作の一つ。映画や舞台で何度も上演されるほど刺激的な展開です。
そこに、謎解きクロス®を使ったパズル小説®で、新機軸を打ち出したいと思います。「そして誰も死ななかった」では、最後のどんでん返しも世界初の新しい構造がありました。
同じように「アリエント鈍行哲人事件」は、急行ではなく、各駅停車の、出入りフリーの状況において、行われる特別な仕掛けを用意することになっています。もちろん、それが何なのか、まだわかっていません。
わかっていることは、12人の乗客がいること。一人ひとりの乗客が、アリエント鈍行哲人事件では、重要な働きをすること。そしてラストに「奇跡」が起きるということです。
それが、どんな奇跡なのか。「そして誰もいなくなった」を執筆しながら、次の「アリエント鈍行哲人事件」の構想を練り、「そして誰も死ななかった」の後継プロジェクトとして、再び、100名限定で、Communityを申請します。
もし、「そして誰も居ななかった」の出来がよく、話題になっていれば、自作の参加は、20名を超えて、限りなく100名に近づくことでしょう。100人の支援者を得て創作する世界がうまくいけば、その次の作品も考えていきたいです。

みなさん、お楽しみに。
晴れ、ときどき名言
日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。本日は晴天なり。花粉が風に乗ってきて、目がかゆい朝となりました。
それでも私は、いろいろなことを考えます。痒いからといって、よく眠った私の脳は、思考を待っているのです。私たちが、謎解きをするのも、思考が好きだからにほかなりません。
私には今、考えなければいけないことが、たくさんあります。思考テーマがあるうちは、いずれ、それが本になると信じている私は、やっぱり、作家のはしくれなんだと思っています。
さっき「降りてきた」のは、「知識はネットでも拾えるが、知恵は落ちていない」というものでした。
これは「教訓」でもあり、若い人にも、高齢者にも伝えたい。
なぜ、ネットには落ちていないのか。リアルな生活では、同じコトがなどと起きないから。どんな場面でも、人生は常に新しいコトが起きています。
サイバー空間も、生命のない無機質な物質がなす世界も、実は同じコトはなどと起きていません。それが思考する動物である人類の知恵の一つ。
地球の歴史で、同じ場面というのは一度もありませんでした。何度も何度も繰り返しているように見られる現象も、周りの状況も含めて考えると、どんどん変化していきます。同じ.状況は、ありません。
たとえば、今朝、ベランダから見上げたときに浮かんでいた白い雲も、46億男の地球の歴史で、初めてみる形でした。まったく同じ形の雲は、一度も、できたことがなかったのです。
昨日の私と、今日の私も、違います。
世界の驚くべき事実、本質は「同じコトは二度と起きない」というものです。同じコトが繰り返す、あるいは再現ができると思いたいところですが、世界は、どうも、そうなってはいないのです。
だから、昨日成立していたコトが、今日も成立しているのか。それは、よく考えてみなければ、本来、わからないことなのです。
古代ギリシャの初代哲人タレス…自信がないので、ネットに落ちている知識を拾ってみますと…彼は「万物8の根源は.水である」と主張しました。
タレスの後にでてきた哲人ヘラクレイトスはは「万物は流転する」といいました。目の前にある川は、いつも同じ河に見えているけれど、それは常に流れていて、同じ川ではなくなっている。
人間も、常に細胞が死に、生まれ、別の状態に変化している。
流転していくコトこそ、世界の本質。サイバー空間で起きていることは再現性があり、サイバー空間内では「同一な局面」を何度も再生できるが、それをしている間も、リアルな世界は流転しています。
同じ状況で、みるということはできません。
ですから、サイバー空間に置かれている「知識」は、常に、状況が変化しているなかで、変化していないコトを示しています。
だから、リアルな生活空間で、それを進めれば、間違えてしまうこともでてきます。それを補正し、流転している状況に合わせていくのが「知恵」ということになります。
え? だから何なのか?
昔、よく「だから何なの」と怒られました。
今は、自分で自分に突っ込みを入れています。だから、何なのか。それは、もし読者がおられるとしたら、その方が、自分で考えること。それが「知恵」の、もう一つの本質です。
知識は万人に共通ですが、知恵は、一人ひとりにことなっている。だからこそ、すべての人の生命が貴重であり、奇跡なのです。

ひたすら、感謝の日々を
パズル小説®全国展開プロジェクトは、2020年7月にスタート。8月から、9月、10月、11月、12月、そして2021年1月と、おかげさまで半年、続けてこられました。
もう半年たつと、お約束の長編ミステリー風パズル小説®「そして誰も死ななかった」が完成します。
実は、今月、サポーターのお二人、ともに女性なのですが、退会されました。これまでのご支援、深く感謝いたします。実は、自分で勝手に20名で終えたいという目標があり、新しい会員を三人の女性にお願いしていました。
でも、その後、メールもいただけなくなるという、何だかちょっぴり気まずい展開になり、自分の甘さを思い知りました。このCommunityの会員になるのは、相当、ハードルが高いのです。それを、半年もキープしていただいたみなさまには、ただ、感謝しかありません。
ひょっとしたら、このまま進んでいったら、自分がお約束していた「歴史を一緒につくっていく」という展開が、実現することになるでしょう。
わくわくしています。
そして誰も…コロナを忘れた
みなさん、お元気ですか?
なんだか、外出しない週末にもなれてしまい、せっかくいい天気なのに、ドライブも、繁華街の散策も、60代になってから覚えた「一人飲み」も、まったくしていません。
その代わり、確かに買い物が多くなりました。スーパーに行くと、ちょっと贅沢な料理がならんでいる。外食したら、この金額では済まないと考えると、「せっかくなら、美味しいほうを買おう」と思い、ちょっと買い物に出て、夜の酒の肴を買っていたはずが、調味料なども買っていて、けっこうな金額になっています。
そんな目で、スーパーに来ている人を眺めてみると、いたいた……みんな、けっこう買い込んでいます。平日も自宅で外出しなければ、楽しみは食べるだけになりますから。私でいえば、「茎わかめ」の梅味が大好物で、22個入りを450円くらいで買うのですが、事務所にこもって仕事をしながら、口さみしくなると食べるので、すぐに22個がなくなります。
それで、一度の5袋くらい買う。ちょっとツマミのつもりが、刺身でも買ってしまうと数千円では済まず、1万円札を出すことになります。さすがに、コンビニでは、そんなことはありませんが、ここ1年くらい、コンビニでも1000円札では足りないことが多くなりました。
ちょっと、足りないものだけを買う店が、私にとってのコンビニだったのですが、サンドイッチやおにぎりだけではなく、酒の肴も一人分がパックになっているので、食べたいものをカゴにいれていると、すぐに数千円になっています。
先日、生まれて初めて「現金が足りない」ほど買い物かごに入れ、レジの生産の途中で気づいて「あ、それ、間違えました。戻していいですか」と、購入を辞めました。これまで、たまに、そういう人がいると「早くしてよ」なんて冷たいことを想ったものですが、これからは、じっくり待ちます。
さて、週末も、終わり。ちょっと仕事が立て込んでいるので、朝から原稿執筆をしていました。そろそろ、いいかなぁ。企画書、つくろうと思います。
速く、コロナが想い出になるといいなぁ。