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前人未踏
謎解きクロスの評価については「面白い」という人と、「何それ」という人に分かれます。私自身は、もちろん「非常に面白い」と感じていて、開発している間も、手応えは十分ありました。
ただ、爆発的にヒットするかどうかは、市場が決めることなので、自信と疑問が半々、というあたり。それを自信8割に変えてくれたのが、2014年の西小山ミステリーツアー。3000人が参加する謎解きイベントで、80名ほどの「正解者」が出て、「問題がとても面白くて感動した」という声を、寄せてくれたのです。
ビックリしました。正直「こんな面倒な問題、やめてくれ」と感じている参加者も少なからずおられたと思うのですが、彼らの「励まし」が、私に踏み込む勇気を与えてくれました。読者のチカラが、ビジネスを育てていくのです。
そして、それから私は、謎解きクロスで何ができるのかを深く訴求し、前人未到(というか、私がつくったから誰もいないだけかもしれません)の道を歩み始めたのです。それは、今も続いています。
少年の頃から、前人未到、誰も歩いていない路を、一人で歩いていく人生を夢見て、わくわくするとともに、孤独を感じ、怖くもあったわけですが、実際に今、還暦を越えて今、進んでいると、やっぱり、ここまで歩いてきてよかったと、すべての出逢いに感謝しています。
私が今、一人で歩いていられるのは、みなさなが応援してくれたから。この謎解きクロスのサイトも、パートナーの福田さんが、無償で応援して、つくってくれたものです。私は、何て幸せな作家なんでしょう。
今日も、前人未到の道を行きます。

道
高村太郎の「道程」という詩を習ったのは、たしか中学1年のとき。僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる。という、あの詩が、その後の生き方を変えていきました。
せっかく命を授かったのだから、せめて自分だけの道を歩こうともがいていた10代。最後の挑戦だと思って命がけで冒険に出て、路傍の石でもいい、自分の道を行きたいと願った20代。そして、ビジネス人となり、家庭を持ち、仕事で幸せになることを目指した30代、40代。ところが、私は50代から小説のジャンルに接近していく。ビジネス作家以外の「道」があると、新たに模索を始めたのです。
そして、還暦を迎えるころには、目の前に「謎解きクロス」というツールがありました。

そして今、私は日本初のパズル小説家として、誰も歩いてこなかった道を進んでいます。何をするにも、新しい価値を生み出していく世界。
たとえば、規模はまったく違っているけれど、ピカソが模倣時代を終えて、青の時代に踏み込み、キュビズムを経て、ピカソはピカソだといえるようになった時代のように。私は今、たった一人で、自分の足あとを残しています。

ありがとうの連鎖が始まる
謎解きクロスの解答に「ありがとう」と入る問題を、いくつか作っておきたい。きっと、応用が利くだろう。
ほんの思い付きなのだけれど、いつか、役に立つから。今から準備して、いろいろなパターンを作っておこう。
謎解きクロス9×9で、解答は「ありがとう」しかし、最後が「う」になるから、テーマに合わせて、いろいろなパズル小説が生まれるだろう。
そのような発想で、準備しておきたいエリアもある。たとえば「下仁田町」では、ありがとうのバリエーションが、たくさんでてきそう。
すると、どうなるか。全国の「活性化したい地域」で、同時多発的に、パズル小説を創作して配布することができる。これは凄いことである。

誰に頼まれたわけでもなく
クリエイターの性質、特質について、考えています。ビジネスでも、同じかもしれませんが、「誰に頼まれたわけでもないのに、全力で、やりきってしまうこう」があげられます。
頼まれたいないのですから、それが「でてきた」ときには、「何?これ」となります。だった、頼んだわけではないので、何で、この人は、これをつくったんだろう。どうして、これを自分にみせるのだろう、と、ちょっと迷惑でもあります。
昨日、昨年に亡くなった高校時代からの親友の法事に参列してきました。そのとき「パズル小説」をもっていったのですね。すると「何? え、こんな世界があったの? 凄い」という人が、なんと、5人ほどおられたのです。
もちろん、そのほかのみなさんは「へぇ」ということで、にっこりして終わりなんですが。その5人のなかに、天才少年がいました。渋谷の問題を、その場で、解いてしまったのです。小学3年生でした。大学生でも3%の正解率なのに。
法事の食事の席で、ずっと、真剣に読んでいる。漢字が読めているのも凄いですが、解き方も自分で理解して「ヒントがあったから、できた」というのです。
私が、「スゴイ。名探偵であるとともに、天才です」とほめると、お父さんは「変わった子だとはしっていたけど、トンビがタカを生んだんですね」と、本当にうれしそう。
この少年も、頼まれもしないのに、お父さんからパズル小説を奪い、30分も格闘して、食事もそこそこに、解いてしまった。頼もしいなぁ。
作者の私は、幸せいっぱいなのでした。
メジャーになるために
みなさん、お元気ですか?

本年も、よろしくお願い申し上げます。
謎解きクロスによるパズル小説、いよいよ本格的な普及期に入ります。メジャーになるため、私は一般財団法人地域活性機構の理事となり、全国の悩める地域に、謎解きクロス&パズル小説を提供していきます。
まだ発表はできませんが、2020年の仕事始めに、メジャーに向けた全国プロジェクトの企画を作りました。4月から、謎解きクロス7×7を使ったPRパンフによる地域活性が始まります。
それが呼び水となり、今年は20冊のパズル小説作成を目標としています。それが成功したら、来年は50冊、毎週、全国のどこかで、謎解きクロスによるパズル小説が発刊されることになるはず。すると、各地域2000冊の配布となりますから、10万冊が作成されることになります。
これまでなかった、まったく新しいパズル小説家の誕生になります。
もちろん、その先には紙媒体の謎解きクロス本が、次々と登場するはず。
そのためには、実は、一つ大きな課題がありました。パズル小説の「解答率」が、3%しかないという事実です。2000部配布してもねハガキで正解を寄せてくれるのが60人しかいないのです。2014年に西小山で配布した謎解きクロスのミステリー小冊子も、3000部配布して80人の正解者。この比率は、今も変わっていないということになります。
今年は、ここをテーマとして、「入口で、もう少し易しくする」こととし、ヒントの活用で50%の人が解けて、その半数が応募してくれる、すなわち全体では25%の「戻り」を期待するツールにしていきます。
本年は、みなさんとともにみてきた夢が走ります。それは、必ず、みなさんの足元の地域を活性化するでしょう。お楽しみに。
