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信州で謎解きクロスを進める理由
謎解きファンのみなさま、こんばんは。
この春、ミステリーウォークを展開してくれた須坂市。観光協会の「地域おこし協力隊」のGさんから(こう書くと、花さかじいさんのように見えるかもしれませんが、はつらつとした地域プロデューサー)ステキな報告が届きました。
謎解きクロスは、現在、普及期にあります。それゆえ、ちょっとしたユーザーさんの声が、作者の大きな元気につながる。ものづくりのモチベーションは、まさに「声」にあるのです。
勝手に、ご報告から抜粋しましょう。
・楽しかったです。
・ルールが分かりにくいのでもう少し単純にした方がより面白くなると思います。
・ヒント1つでとけました。とても楽しかったです。私が100人に1人の正解者だー
・娘と一緒に楽しくできて良かったです。
・いろいろと工夫されていて素晴らしいと思います。麦茶ごちそうさまでした。
・解くのが楽しく、まちの様子や観光スポットを訪れることができて良かったです。
・物語も楽しかったし、なぞ解きも楽しかった。また続けて欲しいです。今度は他の店にも行けるよう多くしてほしい(ヒント)
・来年も是非行って欲しい。
・子供と「一緒に楽しめるイベントをまたお願いします。
・物語とクロスワードの解答が素晴らしく良く出来ていて感動しました。
・今までになかった、このような新しい企画を待っていました。臥竜公園のパネル探しから始まり、桜を撮りに来た方(知らない人)に桜を教えて頂けたこと、第1ステージクリアで1割引き「こうじ」と「みそ」アイスを口にできたこと。問題起案者に拍手を送りたい。
・色々なお店を等知ることができて楽しかったです。
いかがですか。
「物語とクロスワードの解答が素晴らしく良く出来ていて感動しました。」
こちらも、何度も読み返すくらいに感動しちゃいました。謎解きクロスを楽しんでいただけた、それが一番。作者冥利につきるというものです。
ありがとうございました。
上田下田ミステリーライン
謎解きファンのみなさん、お元気ですか?
この週末は、土曜日には上田。むかしや、という居酒屋さんで、上田商工会議所さんの声掛けで集まった地域プロデューサーのみなさんと、信州上田ミステリーウォークの企画打ち合わせ。
翌日曜日は、伊豆下田に向かい、下田商工会議所さんのお声掛けで集まった地域プロデューサーのみなさんと、伊豆下田ミステリーウォークの企画打ち合わせ。
6年、いや、7年前に、東急電鉄さんの会議室で、下田ミステリーウォークの次は上田ミステリーウォークをスタートしましょう!と、約束したわけですが、今日、しっかり実現しています。関係してくださったみなさんに、感謝いたします。
そのミステリーウォークですが、通常の地域活性化イベントの、なんと、ヒトケタ安い画期的なコストで、しかも、効果が持続するという、まさに地域活性化のイノベーションとなりました!
それは、謎解きクロスという、ミステリーウォークに参加するみなさんが、楽しんでいただけるコンテンツが充実した成果なのです。
謎解きクロスは、さまざまなバリエーションがありますが、地域のニーズに合わせて、自分たちが望むような展開で、オリジナルの問題を作成することができます。地域起点でありながらも、ミステリーになっているので、全国に通用するエンタテインメント。
コンテンツのコストが高くないので、一年の予算があれば、10年間、持続してミステリーウォークを展開することができます。すなわち、地域のブランドになれるということです。
具体的には、どのように謎解きクロスが地域活性化のイノベーションになるのか、それは、実際に、謎解きクロスによるミステリーウォークを体験してみないと、なかなか、体感することができません。
今年は、全国、1万人が、謎解きクロスによるミステリーウォークを体験することになります。
みなさんも、ぜひ、どこかで、視察してください。
お待ちしています!
恵比寿から始まる謎解きクロス
謎解きファンのみなさま、お元気ですか?
いよいよ、沖縄を除いて梅雨は本番。今週は、九州、とりわけ前線の影響を受けやすい熊本・大分では、集中豪雨となる可能性もありますので、ご注意ください。
さて、本日。三重県四日市から、本サイトを作ってくださっている福田さんが、来てくれます。打ち合わせをするわけですが、そのお相手は、何と、まちクエストを制作している石原さん。
これは、何も起きないほうが不自然です。この会議は、少なくとも謎解きクロスの未来にとって、新たな一歩となる、とっても楽しい会議となります。
そして明日。恵比寿から、会議の場を六本木に移した後、夜には西小山に行き、ミステリーツアーの持続可能性について、お願いしてきます。恵比寿、そして六本木、西小山と、いずれもディープな会議となるでしょう。
私たちの人生には、あとで、今を振り返ったときに「しっかりと心に刻まれている時間」が存在します。本日の会議が、そのような特別な時間の一つであること、革新しています。
しなの鉄道と謎解きブック
謎解きファンのみなさま、お元気ですか?
みなさんは、鉄道に乗ったときに何をして過ごしますか?
景色を観て過ごす。正解です。でも、夜は?
なぜ、夜を聴くかというと、鉄道に乗ったときに、時間がたっぷりあったなら、どうするかということが今、私が問いかけている問題だからです。
1980年に、私は、ユーロパスを持って、ヨーロッパを周遊していました。たとえば、ギリシャからイタリアに入るとき。フィレンツェで4泊して、ローマに入りました。それから、パリまで。ずっと、列車の旅が続きました。飲んで、酔っぱらって眠るという手はありますし、たまたまボックスが一緒になった人々とコミュニケーションする楽しみもあります。
でも、一番時間をつぶせたのは、未来の「謎解き」なのでした。
これから、何をしようか。どんな自分になろうか。どんな人生が待っているのか。どんな人生を生み出していこうか。
それを考えながら、ノートをつけました。
そのノートを書いている時間が、実は、一番楽しかったかもしれません。それは、想い出になるから、というよりも、そのときのリアルな時間を費やすための、かっこうのツールなのでした。
そこで、思ったものです。
鉄道に乗って、思いっきり、ミステリーを読んでみたい。クリスティのオリエンタル鉄道? いえいえ、鉄道ミステリーに限りません。本格ミステリーを、片っ端から読んでいっても、たとえば50時間の鉄道の旅、なんてときには、いくらあっても足りないかもしれません。
そして今、時代はくだって、しなの鉄道に謎解きを提供する立場になった私。何という幸運でしょうか。それは、1980年に、私が想像していたことの一つであり、かつ、とても中心的な一つなのです。作家として、鉄道に乗りたい。その頃の、よくみた、何度もみた、そしてついに確信した、ドリームでした。
今、私は、しなの鉄道をめぐる謎解きを考えています。
その謎解きを、しなの鉄道に乗って旅をする、すべてのみなさんに心をこめて、捧げたいと思っています。作る人になりたい。新しい、誰も作ったことのない物語を作りたい。まさに、しなの鉄道で進められる謎解きクロスによるミステリーウォークは、そのドリームを具現化していることになります。
2016年9月17日(土曜日)18日(日曜日)に、しなの鉄道で、謎解きクロスによるミステリーウォークが開催されます。
鉄道ミステリー? たぶん、真田丸で盛り上がっている世間を意識した、楽しい物語になる。
私は、きっと、1980年の自分になって、しなの鉄道ミステリーを考えて、謎解きクロスの問題に落とし込むことでしょう。
みなさん、もうしばらく、お待ちください。
こんな夢をみた。海辺の街に謎は深まる
最近、また、夢をみるようになりました。
海辺の街。グランドがあり、真ん中には生簀があって、大きな海魚が、たくさん泳いでいます。夢のなかでは、よくみる光景です。ただ、ちょっと違うのが、周りにたくさん人がいる気配がしていたこと。
たとえば、村人たち。小学生たちが、はやし立てる。
「くっちまおうぜ」
「そうだ、くっちまおうぜ」
生簀の上には、大きな調理台がある。そこに、海魚がポンと載せられた。口をパクパクさせている。大きくビクッ、と跳ねることもある。小学生たちは、ほとんど死にかけた魚を、調理するわけではなく、そのままむしゃぶりつく。
私が、口をパクパクさせている海魚も、そろそろ死にかけている。
「苦しいだろうな。つらかっただろうな」
そんな声をかけて、命の終わった海魚を、私は左肩に頭を載せるようにして担ぎ、つよく抱いて、海辺の街を歩き始めた。抱いて歩くうちに、それまで海魚だった死体が、少年の死体に入れ替わっていく。
「苦しかったろうな。助けてやれなくて、ごめんね」
死体はまだ、暖かい。海辺といっても、なんだか上野のアメ横のような、築地場外のようなにぎわいのなかを、私は歩いていたのです。しばらくすると、また、少年が、まだ海魚だったころに口をパクパクさせて死にかけていた、調理台がついた生簀のところに出てきました。
そのときです。
死体の目が、少し開いたかと思うと、呼吸を始めた。
「おい、大丈夫なのか」
私は、抱えていた少年を地面に降ろして、立たせました。ちゃんと、立っています。生き返っていたのです。
「おお、よかった。もう、きみを食わせたりしないよ」
私は、かがんで、少年を抱きしめました。
「大丈夫。ぼくが守るから」
こんな夢でした。
少年の顔は、実の息子と娘を足して二で割ったような感じ。二人とも、幼稚園年少くらいまでは、いつも抱いて歩いてあるいていました。二人とも、ちょっと疲れると
「だっこ」
とせがみます。お父さんが抱きあげると、世界はさっと変わります。高みの見物ができるので、子どもたちは大好きなのでした。あのときの感触が、夢の中を支配していました。
世の中には、厳しい風が吹いています。
「くっちまうぞ」
と、みんなが思ってしますし、口をパクパクさせていても、誰も助けてくれません。守れるのは、私しかいないのです。私は、愛する人たちを、守りながら、もっと楽しく、いい人生にしてあげたいなぁと感じていたのです。
怖い夢ではなかったけれど、幸せな夢でもありません。燃える夢でしょうか。
また、本が書きたいと、おもってきました。
「謎解きクロス入門」を書いたら、10年以上前にメルマガで配信していた「愛夢永遠」という自伝小説の着手に入りましょう。この「愛夢永遠」は、自伝小説でありながら、新聞小説の乗りで進み、なんと100回目で、真実が告げられます。実は、100回のすべてが「謎解きクロス」の構造をしていたのです!
こんな小説を書ける人は、世界中で、謎解きクロスの作者である廣川州伸しんいません。
たとえば、今、上の文章が「謎解きクロス7×7」で解けます、なんとことになっていたら、ちょっと驚きでしょう。しかも、100回分のメッセージをジャンニ並べたら、100×5文字=500文字あり、句点・読点をうまく打てば、それ自体が、101回目のエピローグの文章になっているのです。
東京オリンピックのある2020年には、謎解きクロスを楽しむ人は100万人を突破します。(まだ1万人ですが、3年で10万人。その時点で、大手ゲーム会社と提携しますので、ユーザーはすぐに10倍になるのです)
また、こんな夢をみている私です。