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誰のせいでもなく~2020年は閉じていく

みなさん、お元気ですか?

日々の仕事に追われ、ブログに向き合うことができないまま、クリスマスまで走ってきました。一言だけ、ご挨拶を差し上げたいと思って、ページを開きました。

謎解きクロス®は、きっと今年、飛躍のチャンスを迎えていました。しかし、それは「努力しなさい」ということで、チャンスがきていることはわかっていても、具体的な行動に移るには、世界を支配しているコロナウィルスの鎮静を待つしかなさそうです。

ネットをみると、なんだか半分くらいが「批判」で今年を振り返っているみたいで、読む気になりません。批判だけの人生を贈りたい人は、どうぞ、ということで、クリエイターとしては、ここでいつも、太陽を感じて、歩いていきたいと思っています。

仕事も人生も、今がどんな状況であっても、それは誰かのせいではありません。いいことも、悪いことも、ひっくるめての人生なのです。コロナ禍も、オリンピックができなかったことも、あっと驚いた「講演収入」がなくなったことも、誰のせいでもありません。

もちろん私のことでいえば、謎解きクロス®がブレイクできなかったのは、コロナ禍のせいでもなく、すべて私の責任です。それを、しっかりと受け止めたところから、明日、そして来年が始まることになります。

みなさん、ぜひ、来年の謎解きクロス®とパズル小説®の展開に、ご注目ください。時代の風邪に乗って、全国に展開できているはずです。

良いお年をお迎えください。

2020年12月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

ある日、突然には始まらない

パズル小説®作家の廣川州伸です。いつもご支援いただき、深く御礼申し上げます。

今日は、ちょっと生意気なことを書きます。ものごとは、すべて、「ある日突銭」には、始まらないというのが、私が実体験から学んだことです。ラッキーなことは、すべて、「お膳立て」の結果でした。

たまたま、なんてことが起きるのは、本当に珍しく、ありがたいことなのです。ですから、人と人との出逢いは、ありがたいのです。

で、パズル小説®も、それが来年、ベストセラーになるりも、実現したら、ということですが、みなさんには「たまたま」でも「偶然」でもなく、地道に、日々、準備してきたということが、みえています。

でも、そのプロセスを知らない人からみたら「何て、ラッキーなやつなんだ」と勘違いするかもしれません。

ベストセラーも、ミリオンのヒット曲も、背景には必ず、そこを求めて推進してきた人、夢をもち、それをあきらめなかった人がいて、なおかつ、そのことに気付いて、応援してくれる人がいます。

500人の、成功した経営者に、そのことを聞くと、みんな「思い当たる」といいました。だいたい、10年から20年、そのことが始まるまでに努力を重ねていました。

そういう人にしか、成功は、ほほえまないのです。

一方、世にある「成功を解く書物」の、なんとあさはかなことか。ラッキーが、ただ夢をみるだけでいい、願うだけで叶うなら、誰も、10年20年と、努力をかさねていったりはしません。

というわけで、私は2006年からミステリーウォークの推進を始め、パズル小説の模索も、2010年から進めてきました。そう、勝浦で、最初にクロスワードパズルを使った謎解きを考案したのが、2010年の3月。

あのときは、チリ地震による津波で、勝浦の河川が3メートルほど高くなり、逆流していくのを見ていました。まさか1年後に、東日本大震災となるなど、知りもせず。

それから10年。だから、私は知っています。そろそろ、チャンスはめぐってきます。そのチャンスをものにしたら、みなさんに、作品として、おすそわけいたします。ご期待ください。

2020年12月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

パズル小説®で、何が変わるのか

おはようございます。日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。本来、沖縄の各地をレンタカーでまわり、パズル小説®のサンプルをもっとプレゼンしているとひろですが、コロナ禍の第三剥が収まらず、規定のキャンセル料を支払って、不要不急の外出を自粛しました。

東京にいると、仕事が際限なく入ってきます。週末は、たまっていた10時間分のテープを聞き、20時間かけて原稿化します。何度計算しても「48時間のうち30時間の仕事」になるため、残念ながら、この週末は、作家活動はお休みとなります。来週、じっくりとビズる小説®に取り組みます。

ところで、なぜ私が人生の余暇時間のすべてをかけて、パズル小説®の全国展開を目指しているのか。年末なので、改めて考えてみました。そう、もう師走ですし、うっかりしていると何の反省もなく、元旦を迎えてしまいます。だから、こういう仕事がこんでいるときこそ、考えることが必要となります。

で、考えました。降りてきました。それは、いずれパズル小説®が全国の地域プロデューサーに注目され、「このやり方なら、コロナ禍でも、地域の魅力を報せることができるなぁ」と気づき(実は、まだまだ、ごく一部の人しか気づいてません)アプローチしてくれると信じているから。

それは、広告という手法を知らなかった人が、ブランディングを知らなかった人が、PRという手法を知らなかった人が、少数だが、地域で進められているパズル小説®を入手し「これって、うちり地域でもいけるんちゃう?」と思って、連絡してくれることになると、そんなロジックです。

地域プロデューサーは、あらゆる手法を駆使して、自らの手で、地域のみなさんとともに、地域の魅力をあぶりだし、それを伝え、確認するツールをもつべきです。いまもって、「パンフレット」と「スタンプラリー」だけでは、あまりにもさみしいでしょう。

ところが残念ながら、みなさんが知っている「あの地域プロデューサー」さんは、まだパズル小説®の可能性に気づいていません。というより、そこに「お金のにおい」「儲かりそうな話」がみえないため、めんどうだなぁという感覚が先に来て「しばらく、様子見」となるからです。

みなさんが知っている、マスコミに出ている有名な地域プロデューサーさんは、あなたの地域では活躍してくれません。あの九州の熊本でキャラクターを開発してくれた先生(もちろん私も大好きで、何度か面識がありますが)のような方は、本当にまれなのです。

では、どうしたらいいのか。たとえば深谷市にも、上田市にも、下田市にも、下仁田町にも、東急沿線にも、しなの鉄道にも、「儲かるか」より先に、「地域の魅力を、どう伝えるかを真剣に考えている地域プロデューサーがいて、パズル小説®の展開を支援してくれています。

そうです。自分のいる地域は、地域に住んでいるプロデューサーが、進めるほかないのです。

有名な地域プロデューサーさんが補助金をもってきてくれて地域活性化をすすめるときの、5分の1で同じ効果が得られます。たとえば500万円の予算で、有名な地域活性化策を進めようと思うのであれば、一般財団法人地域活性機構に連絡し、100万円の予算でパズル小説®を2000部制作することができます。

てずれみなさん、そのことに気付くはず。というのもパズル小説®こそ、今年の流行語大賞に輝いた「三密」に正しく対処する有力な方法の一つだからです。そのことに気付いている有名な地域プロデューサーもおられますが、いかんせん「効果的ではあるが俺は儲からない」と感じて、手が出せない。

では、どうすればいいのでしょう。

かんたんなことです。有名な地域プロデューサーにコンサル料を支払うのではなく、地域産品を10万円(1回のコンサル)分購入し、パズル小説®の制作を依頼し、「自ら」地域のみなさんに配布すればいいのです。あなたが、地域プロデューサーとして、自分の大好きな地域を輝かせればいいのです。

来年、もっと、たくさんのみなさんがパズル小説®の効用に気付いてくれること。それが私の、2021年の抱負となります。パズル小説®を使って、みなさんが大好きな地域を、輝かせてください。

来年も、よろしくお願いいたします。コロナ禍は続きそうですが、よいお年をお迎えください。

2020年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

ごめんなさい、沖縄のみなさん

日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。

12月3日から、GoToCampaignとは別に、個人的に3泊4日の休みをとり、パズル小説®の沖縄バージョンを作成して、少しでも、沖縄のみなさん、ひいては全国のみなさんに、元気になっていただきたいと、2ヶ月前から企画していた、私の沖縄パック。

宿も、レンタカーも、飛行機も、三密対策をして、計画もバッチリでしたが、さすがに、今の状況で、出張はできません。泣く泣く、キャンセルさせていただきました。もちろん、バッチリと、キャンセル料金20%を支払い、少しは、関係者のみなさんにも、ご協力できたかと。(たぶん、GoToで申し込んでいたら、キャンセル料金は、かからない措置がとられたと思います)

その分、東京で、しっかりと原稿を書きます。

来年の春は、ちゃんと「ビジネス関連なら全員PCR検査をする体制」と「ビジネス関連なら、全員ワクチンを打つ体制」の見通しがたつと思いますので、まっさきに、沖縄に飛びます!

それまで、お元気で。

2020年11月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

思考時間をかけて熟成させる

日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。今回は、人生について、ちょっと書きます。

50年前、みなさんと同じように、私も「天才」であり、かけがえのない人生が、向こうにあると信じていました。

その当時、何をしても「パっ」とうかんできました。これは、この年代の特徴で、いわゆる「はやみえ」するのです。何をするべきかということも、たぶん、数秒で決まっていたと思います。

今思えば、ただ考えていなかっただけなのですが、それで人生を乗り切れると信じていました。だいたい、やることは成功しました。

ところが、高校に入るときに、最初の「違和感」に襲われました。というのも、私は小石川高校に入って京都大学に進むつもりでした。

中学三年生のときに、いくつかの「ひらめき」をみせました。二十歳すぎてら、ただの人になり、その後は、ただのおっさん道を歩いた私ですが、15歳のころは、自分でもびっくりするくらい頭がクリアになっていました。

それで、いくつかの出来事を経験しました。

一つは、大学生が使うユークリッド幾何学の教科書に、証明の誤りを発見し、正しい証明を、ペーパーでいうと3枚ほど書きあげ、数学教授に封書で送ると、ていねいな返信がきました。

一つは、代々木ゼミナールの日曜ゼミに通っていたときのこと。数学の先生が、大学数学科の先生で、受験の技術だけでなく、たまに基礎数学理論の話をしてくれました。

そんな関係で、授業中、「三角形の内角の和が180度である」という定義だけを使って、接弦定理を証明しました。とともに、「円」の性質と「三角形の内角の和が180度」ということは、ともに「定理よりも強い呪縛がある公理に関わっている」ことを証明しようとしました。

授業後、そのペーパーをもっていくと、「君は、京都大学にいくといい」といわれ、その気になりました。結果だけいえば、18歳になった私は、自分が兄弟どころか、信州大学にも入れない学力だったことをつきつけられます。

高校の3年間、受験勉強をまつたくしなかったのですから、それもまた、今思えば当然のこと。でも、当時は、驚きました。京都大学の数学の試験問題を解くのに、2時間どころか10日間くらいかかったのですから。

同じく15歳のとき、練馬工業高校に行って工学系の先生を呼び出し、「アルミ」についてのヒアリング。それベースに実用新案の申請を考えていましたが、特許庁で調べてもらうと「やなぎやきんごろう」さんが、すでに取得していました。

奮起した私は、新しいゲームを考案し、実用新案を申請。それが通ったので、発明協会に持ち込んで、玩具メーカーを紹介してもらいました。たぶん、バンダイだったと思いますが、手紙を書いたら、ていねいな返事がきました。

「当社では商品化できない」といい、別の玩具メーカーを紹介してくれたのです。それで「見本」を制作し、メーカーに持ち込みました。残念ながら「市場に出してもヒットさせる自信がない」と、そこで止まってしまいました。

15歳の夏、中学3年生の夏休み、宿題を3日くらいで終わらせた私は、30日以上、朝から晩まで一人で絵を描いて過ごしました。そのとき生まれた絵は2枚。うち、自画像と名付けた一枚を観た美術の先生は、ショックを受けました。

どんなショックかというと、その年で、中学教諭を辞め、もう一度、画家になる道を進むことにしたということです。一枚の絵に、人を動かす力があるということを知りましたが、16歳のとき、その絵は焼いてしまいました。

あれから、50年。いつも、懸命に生きてきました。まぁ、悔いはないのですが、私の人生は、これからなんです。

ようやく、謎解きクロス®と、それを使ったパズル小説®という、これまで誰も踏み込んでいかなかった世界をつくることができました。

だから、これからなんです。そして、「0から1」を生み出したので、これからは「1から100」にしてくれるパートナーとともに歩く必要があります。

私は今、思考時間というコンセプトにとらわれています。人生は、何をしたのかという実体験とともに、何を考えたかという実体験も、重要な要素。そのとき、思考時間をしっかりとかけるということが、新たな発想を生む原点となります。

改めて、65年も生きてしまった自分をふりかえりつつ、あと、何年くらい思考時間がとれるのか、つらつらと考えている私です。

こんなことを考えて、書いているうちに、きっと新型コロナ禍を乗り越えるプロセスが、熟成し、浮かんでくるのだと思います。

2020年11月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster