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パズル小説®のファンは何処?
日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。
このところ、脱コロナ時代の三種の神器である【編み物】【読書】【パズル】についてコメントしていますが、自分で自分のファンになるのが作家の特徴なもので、第一号のファンとして、クラウドファウンディングを検討しています。
とりあえず、パズル小説®を「地域活性・まちおこし」の視点でとらえて、応援しようというファンがいるのか、どうか。それを確認する意味でも、Campfireで有料コミュニティをつくってみました。
1200円も支払って、「新作のパズル小説®をpdで送ってほしい」ファンが、はたして、一人でもいいので、現れてくれるのか。チャレンジしました。
以下、審査中の「廣川州伸からのメッセージです」
あなたからのメッセージ
・初めまして・日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。
・私は2008年秋から、地域活性化のミステリーウォークを企画展開、2014年には街歩きをするときのヒントになるミステリー小冊子の「謎」として「謎解きクロス®」を開発しました。そして2019年には、謎解きクロス®で構成されるミステリー小説を「パズル小説®」と呼ぶことにしたのです。
・これまで延べ数万人のみなさんが、私の作ったパズル小説®を手に取り、街歩きをしながら謎解きを楽しんでくれました。そこで今年は、パズル小説®配布を年間10万人に拡大しようと考えていたら、コロナ禍に襲われた。予定していたミステリーウォークのイベントは、すべて中止となりました。
・パズル小説®を展開するため申し込んだ1000万円の助成事業も、見送りに。そこで次の一手を模索するなか、クラウドファウンディング活用に挑戦したくなったのです。それは4月14日「NHKニュースおはよう日本」の「世界のメディアザッピング」コーナーを観たからです。
※アメリカ在住の女性は、約100年前のスペイン風邪のときに1歳でしたが、その惨状は家族から聞いて知っていました。今回のコロナ禍は、人生2度目のパンデミック。そこでリポーターが自粛を乗り越える秘訣を聞くと、彼女は「大丈夫。だって【編み物】【読書】【パズル】があるから」と答えました。
・パズル小説®は、クロスワードパズルと似ていますが、ヒントがミステリー小説そのものという特徴があります。問題の文章は、地域の自然・文化・伝統などの魅力を発見するストーリーですが、ミステリーなのに「誰も死にません」。エロ・グロ禁止の、パズル感覚ミステリーなのです。
・本コミュニティでは3つのプロジェクトを企画。まず「パズル小説®の歴史を知り、地域活性で使われたパズル小説®の謎を解く」もの。次に「誕生日のギフトにオリジナルのパズル小説®を制作して、配布する」もの。最後は47都道府県にある地域ごとにオリジナルのパズル小説®をつくることです。
・パズル小説®の普及は、これからです。あなたがもし【パズル】が好きで【読書】も好きなら、ぜひとも、全国にパズル小説®ファンを拡大する本プロジェクトのサポートをお願いします。
パズル小説®、最初のファンは自分
日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。しばらく、脱コロナ時代の「三種の神器」である「編み物・読書・パズル」について、コメントします。
私は、一億総作家時代を唱え、2005年に「週末作家入門」(講談社現代新書)を書かせていただきました。そのときは「遅れてきた大作家」「50才にして作家デビュー」などと、喜んでくれる編集者が支えてくれました。
その後、ビジネス書だけでなく、文化の方にも目を向け、2008年からミステリーウォークで配布する小説を書き始め、2015年には「ヒツジは何故、空を翔べたのか」(IDP出版)を発刊していただきました。
また渋谷で7000人に謎解きクロス®によるミステリー小冊子を配布したことをきっかけとして、ミステリーウォークに「紐づけていない」純粋な「謎解きをする小説」の可能性を訴求しました。
そして2019年2月に、自分が書いて発表してきたのは単にるパズルではなく「パズル小説®」だということに気づき、日本初のパズル小説®作家となりました。実は、もの書きを目指したのは8歳のころなので、足掛け58年の夢成就でした。
その流れで、自らの作家人生を振り返ると、常に「ファン」の存在によって励まされてきた自分がいます。
最初のファンは、保育園を3日で中台して立教グランドで遊ぶ少年になったとき、家に玩具メーカーの女性がきて、いろいろなブロックを置いていってくれました。私はモニターになったのですが、雨の日に作るブロックの作品を、いつも絶賛してくれました。そこで、こどもながら、調子に乗りました。
次は、小学校1年生の担任となった戸塚光江先生。たまにケンカもしたけれど、私の書いた詩を毎日新聞「小さな目」に投稿してくれて、採用されました。全国の家庭に「広川くにのぶ」の作品が紹介されたのです。
その後、調子に乗った少年は、作曲でも賞をとり、クラスから浮いてしまいます。10歳で二次元方程式(三次元でなかったところが凡人の証なのですが)を解き、15歳で大学生が使う教科書でユークリッド幾何学を修め、執筆した大学教授に「あなたの証明は間違い。正しい証明はこれ」と手紙を出せば「あなたのおっしゃる通りでした。改訂版のときには、あなたの証明を載せておきます」との連絡をもらい、アインシュタインの一般相対性理論を理解しかけていました。
ところが、前にも書きましたが、「十歳で神童、十五歳で天才。二十歳すぎればただの人」ならぬ、私の場合は「十八歳」で、気が付いたら数学ができなくなっていました。もともと早熟で、凡人になるのも、ちょっと早かったのですね。
びっくりしました。人生、これで終わってしまうのかと嘆きました。そのときに、救ってくれたのが、現国の佐藤浩子先生。授業で読書感想文の課題が出され、いつも解答欄に書き切れず、裏面に「つづく」として、びっしりと感想を書いた。
すると佐藤先生は、だいたい豪華な花丸をくれ「君は、私の教師人生で、ダントツに面白いものを書く人。作家になりなさい。あきらめちゃだめ」と言ってくれました。
この「あきらめちゃだめよ」ということの意味は、そのときはわかりませんでした。そして、出版社の文芸賞の公募に小説を投稿するようになって、そのことが、よくわかりました。一次予選は通過しても、最終候補作には残らない。それが10年も続けば、ふつうは、あきらめます。
でも、私の作品の大ファンだった佐藤先生の言葉を信じて、その後、40年間も、「かたときも」あきらめず、どんな作家になろうかと、考え続けてきました。小説でなくてもいいとは思っていましたが、パズル小説®になるとは思いもしませんでしたが。
あ、仕事の時間です。続きは、週末に。リモート会議の準備します。
悲しみの向こうに笑顔がある
日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。6月になって、悲しみの連鎖が起きています。パズル小説®は、脱コロナ時代の三種の神器であるとしても、イベントの予算そのものが差し替えになって、印刷物も作れないということです。

具体的には、数万人規模の参加を見込んでいた下仁田町、松本城、信州上田ではイベントそのものが中止になっています。ただ、私はパズル小説®作家である前に、プランナーなので、予算のないところでも、のろしを上げます。
考えてみるまでもなく、私のいる小さな世界でのことですが、コロナ禍に匹敵するピンチは、数えきれないほどありました。外部環境が変わると、私のような個人事業主が、まっさきにはじかれます。
その悲しみを糧にして、準備を続け、いざというときに、「廣川さん、できる?」といわれたときに、絶対に断らない体制を整えてきました。「また安請け合いをして」と同業には思われたかもしれませんが、それは違います。
たとえば、伊豆下田。たとえば、西小山。喜多方。須坂。下仁田町も松本城も、信州上田も、そうでした。「とくに渋谷は、絶対に無理だろうという周囲の声をよそに、東急電鉄Oさんとともに、やり切りました。
そもそも、作家は、そういうもの。社会情勢によって、売れることもあれば、収入ゼロということもあります。それでも、生きている。生きることを楽しんでいる。それは、悲しみの向こうに、いつもみなさんの笑顔があったから。
がんばります。そう、準備すればいいのです。
読書とパズルがクロスする
日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。今、脱コロナ、アフターコロナ、ウィズコロナ時代に注目される「脱コロナ時代の三種の神器」である「編み物」「読書」「パズル」について、コメントしています。

脱コロナ時代には、自分ひとりの時間が非常に重要。これまで、ただ休息をとる。何となく一人でいるような時間に、何か新しいことを始めたい欲求がでてきます。しかし、たいていの行動は、Communicationが問題となります。
音楽を聴くのも、一人より二人のほうが楽しかったり、直接、音楽を届けてくれるライブ演奏の体験は、何物にも代えがたいものであったり。一人の時間でできることは、意外に少ないのかもしれません。
みなさんは、一人でいる時間を「孤独」であり、ムダな時間と感じているかもしれません。また、一人で食事をするのは、おいしくない。一人で飲むのは、楽しくない。そう感じているかもしれません。
でも、この一人の時間に何をするかといううことは、人生そのものを、どう生きるかと直結しているとしたら、どうでしょう。みんなでいるときも重要ですが、たった一人の自分の時間が、人生のなかで、どれだけあるか。
この「おひとりさま」の時間に、三種の神器は役立つのです。「編み物」もいいのですが、「読書」と「パズル」は、それぞれ楽しく、一人時間の質を変えてくれます。その「読書」と「パズル」がクロスしているパズル小説®。
これは、まだ認知している人がすくないのですが、きっとブレイクすることでしょう。だって、脱コロナ時代に「一人時間」が重要になることは決まっていますし、そこで活用できる「読書」と「パズル」の効用も抜群なのだから。
今、ワンブログは宣伝もせず、ごく限られた人しか目に触れないのですが、やがて、ここから、たくさんの本が生まれます。そのとき、編集者のみなさんは、気づくのです。「あ、もう5年も前から、こんなこと考えていたんだ」と。

私の一人時間は、コロナ禍の前から、一人時間の活用を勧めていたのです。
パズル小説®作家は、生き残るか
日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。私の妄想では、この謎解きクロスのブログで、1000回くらい、このキャッチフレーズで文章を始めると、Google検索に「パズル小説」と入れたら、トップに本ブログの記事がきます。

その根拠は、「謎解きクロス®」が、トップに出て来るまで、やはり1年では足りず、3年くらいかかったからです。ということは、自分でも「しつこい」と思いますが、私は「決してあきらめない、へこたれないドリーマー」の一人です。
1990年から30年間、私は雑誌の取材で成功している木々用経営者500人に取材し、記事を書いてきました。一度も手をぬかなかったので、その取材のテープはすべて自分でおこしてきました。
ちなみに私は1980年から仕事でワープロを使っていますが、そのときのクセで「かな入力」であり、それをかたくなに通してきました。頭の中がローマ字ではないので、打ちながら考えるため、かな入力がいいのです。
ところが、ブラインド・タッチなどできるはずもなく、1996年にパソコンを購入してワードを使うようになりましたが、ずっと、かな入力。テープ起こしをするにも、とにかく時間がかかる。
だいたい、1時間のインタビューなら10時間打たなければ基礎原稿になりません。その業界について調べものをする場合は、2倍から3倍の下準備をします。そうして、500人の企業経営者と向き合ってきました。
自分でいうのは何ですが、その1%くらい、私の原稿の価値を認めず「ありがとう」と感謝していただけなかったものの、たぶん2割くらいが絶賛してくれました。そういう声に支えられて、30年も記事を書いてきたわけです。
ただ、時間がかかりました。もしテープ起こしを外注していなかったら、私の時間は効率的に使え、たぶん40代で500人の取材を終えられたろうし、40代で30冊のビジネス書を発刊していたことでしょう。
いつも、いつも誠実に、取材した経営者と向き合い、考えながら記事にしてきました。その延長に「謎解きクロス®」があり、「パズル小説®」があるのです。それゆえ、生き残ることができるかという問いは重要です。

私の人生は、時間がかかるのです。ひょっとしたら、パズル小説が2022年にはブレイクしているという読みは甘く、あゆみが遅い私は、2025年までブレイクさせることができないかもしれません。
そして、全国に「謎解きクロス®」と「パズル小説®」が広くいきわたるのが2030年。そのとき、私は後記高齢者になっています。ギョッ! それから、自分へのごほうびに、パズル小説®作家として豪華客船で世界旅行に出るわけですが…。
新型ウィルスにかかって、そこで人生を終えそうな気がしてきました。ま、それもまたいいかな。
