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梅雨こそパズル小説®を

日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。6月に入って、東京でも、だんだん会議が開かれるようになってきました。スーパーやコンビニにいっても、マスクさえしていれば、とくに違和感もなく、ふつうの生活があります。

仕事の会議は、クライアントの要請にしたがって、リモート会議なんですが、最近はパソコンの前でマスクをしない人が増えました。新型コロナの性質がわかってきたので、私生活では、必要なとき以外はマスクなしが新常識です。

リモート会議は「相手に移さないためにしている」のですから、すでにマスク付きよりも厳格に、対策をとっていることになります。そう、食事をするとき、風呂に入るとき、自室で本を読んでいるとき、寝ているとき、マスクはしません。

それゆえ、脱コロナ時代の三種の神器「編み物・読書・パズル」のうちの二つをみたすパズル小説®を楽しむときに、マスクはいりません。

ところで、アガサ・クリスティの創作したミス・マーブル。よく考えると「編み物・読書・パズル」にぴったり。100年も前に、こういう世界を思い描いていた大先輩には、改めて、敬意を表したいと思います。ほんとに、凄いです。

私が、脱コロナ時代の代表作にしたいパズル小説は「そして誰も死ななかった」と、タイトルは決まっています。

私のドリームは、たぶん2022年には実現していることでしょう。

2020年6月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

夜の街にもパズル小説®

日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。本日は、事務所にこもって原稿を書いています。一人で「こもる」ことが大好きなので、書くのは苦になりません。だからパズル小説®ではありますが、作家を名乗っています。

夜の街のみなさんが苦労されているのは、とても残念。自粛されているみなさん、ぜひ、もうしばらくは「編み物」「読書」「パズル」で過ごしてください。パズル小説®で過ごしながら、新しい時代の自分の未来を考えてください。

ところで、私には文壇からのお誘いがなく、銀座のクラブも新宿のカールズバーも池袋のキャパクラも無縁なのですが、報道をみる限り、コロナ禍で大変な事態になっています。びっくりするのは、持続可能給付金? 200万円を「もらって」も、家賃や人件費で、数ヶ月、もたないという収益構造です。

私など、もし200万円をポン、といただけたら、それを握りしめて全国の温泉地に行き、パズル小説®のサンプルをくばりながら、たぶん6ヶ月間は、生活できてしまうでしょう。そうこうしているうちに「うちでも、パズル小説®を作ってくれ」とのオファーがきて、みんなでハッピーになれるはず。

その200万円がないもので、行きたい土地にもいけず、苦労しています。そろそろ私も、自分のビジネスモデルを考え直し、ちゃんと利益がでて、堂々と全国行脚ができる人生にチェンジしたいところです。

東京商工会議所さんに借金を申し込んでもいいのですが、まだ、コロナ関係の融資は「窓口の相談予約待ち」で、7月にならないと申請受付の相談ができないとのこと。

ただ、借金するよりも、ひたすら、スポンサー登場を待って、パズル小説という「脱コロナ時代の三種の神器」を満たす奇跡のツールを作り続けるほうが、自分には合っているような気がします。

だって、誰に頼まれたわけでもないのに、こうして、カンヅメになっている自分が、ひたすら、ものづくりをしている自分が、一番、しっくりきているのですから。「編み物」「読書」「パズル」があれば、私の作家人生も幸せです。

2020年6月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

ただ、ひたすらに仕事する

日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。昨日、東京に雨が降りましたが、日曜日は、曇から晴れに。そう、エリカシの「風と共に」で「曇りのち晴れ」というあたりでしょうか。きっと、今日の夕焼けはきれいでしょう。

残念ながら、私は宿題で忙しく、とても散歩に出ているゆとりはありません。今、必死に「無駄なこと」をしておくことが、脱コロナ時代に生きると信じて、私は今、英語の論文と取り組んでいます。

もちろん、英語で論文を書く実力などないのですが、財団から仕事をいただき、アジアの研究者に女性をする、その許諾を審査する仕事で、英文と取り組んでいるのです。読んでも、よくわからないので、翻訳ソフトを活用しながら、まるで謎解きをするように論旨をおいかけていきます。

ただ、その前に「紙の論文」(しかも超長文で、翻訳ソフトにかけるために打ち直すだけで3日間くらいかかってます)と格闘しなければなりません。こういう仕事、てきとうに流しても、何とかごまかせるのでしょうが、私の人生で、このような場面での手抜きはありえません。

思い起こせば、人一倍、手抜きをしないで、よけいなことまで、こだわって仕事をしてきました。結果論でいえば、そうとう、ムダなことを繰り返してきました。もっと効率よく、手抜きをしていれば、稼ぎは3倍くらいになったし、海外旅行も、たくさんいけたはず。

でも、私の人生は、そういうところでは、進んでこなかった。気分の問題とともに、その苦労は、いつか必ず、自分が作家として大成したときに役立つという、なんだか甘ちゃんの希望、ポリシィのようなものがあったのです。こんなに頑張って、無駄なことにも、積極的に取り組んでいるのだから、きっと大成する。

大器晩成なんだと、いいきかせているうちに、還暦をすぎてしまったわけですが、高齢者の仲間入りをする一歩前で、やっと「パズル小説®作家」になれました。そして、その作家は、残念ながら、ぼろもうけをする類の作家ではありません。ピカソではなく、ひょっとしたらゴッホの、うまくいけばセザンヌあたりの作家に近いと思います。

ただ一つ、コロナがあろうがなかろうが、私にとっての生きる姿勢は、そんなに変わりませんでした。脱コロナ時代の三種の神器である「編み物」「読書」「パズル」では、決して手を抜かないという、私の人生。他人からみたら、仕事でも血を抜かず、遊びにも手を抜かないなんて、時間がいくらあっても足りないな、となることでしょう。

だから、子供のころから、私はいつも時間に追われていたのです。

でも、おそらく、謎解きクロス®とパズル小説®が無事に離陸してブレイクできたら、きっと、みんな驚くはず。「え? こんなにたくさんの作品を書いていたの}と。どうして、なかなかヒットしなかったのか、不思議に思うはず。

そう、NHK朝ドラで、天才作曲家さんがコロンビアレコードで、何度も何度もNGにされたように。その後、何全という曲を作曲したのに、最初は2年間、まったく採用されなかったように。

さあ、英語の宿題に戻りましょう。

2020年6月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

一人芝居の時代へ

日本初のパズル小説®作家の廣川州伸です。しばらく、脱コロナ時代の三種の神器「編み物」「読書」「パズル」について考えていきます。

これまで私たちは、さまざまな制約はあるものの「人間として親密な関係になること」に幸せを求め、他人とのつながりを重視してきました。リモートでつながることも、ないよりはいいのですが、やっぱり人生、直接的な「ふれあい」が、最高の幸せであることに変わりはありません。

それでも、社会が複雑になるにつれて、科学技術、とりわけICTの進化によって、私達は直接ふれあうこと以外の「つながり」を、さまざまな形で発明し、発見し、実現してきました。リアルタイムで自由に話し合うことができるなんて、たった100年前には、まだSFの世界でした。

ところが、ICTとAIの進化が、今、社会を大きく変えつつあります。誰もいない工場でつくられた製品が、誰もいないクルマに乗って運ばれ、ロボットやドローンによって各家庭に届けられる。人との接触を極力減らすようなICTのインテリジェント社会に向かって、私達は進んでいました。

その一方、どうもデジタルだけでは人間は幸せになれないという新実も、浮彫になってきました。決定的なものが、足りない。そこで、昔ながらの直接的なコミュニケーションの魅力が、見直されました。私達は、リアルなふれあいが大好きで、それをICTに代替するわけにはいかなかったのです。

そんなときに、狙いすましたように、コロナ禍が襲い掛かりました。「直接時なCommunicationではなく、リモートでのふれあいを」という時代に大きく舵をきったのです。これは「コラボ」ではありません。「三密」を禁止して、リモートのデジタル・コミュニケーションを進めなければいけなくなったのです。

そんななかで迎えた脱コロナ時代・三種の神器「編み物」「読書」「パズル」は、直接的communicationとは別に、自分ひとりの時間で何ができるか、どんな行動をとればいいか、充実させるツボをとらえたものです。

ミステリーウォークは「みんなで楽しむ」ことができますが、脱コロナ時代・三種の神器は、ひとりで楽しむことを前提としています。だから、テレビやインターネット向きではないんです。実際に。

結論を記しておくと、それは「一人芝居」であり、観客は「自分」です。他者との直接的なCommunicationを前提とはせず、未来に向けた時間の使い方をする「一人芝居」が、これから求められると思うのです。

2020年6月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster

正解を探すのではなく

パズル小説®作家の廣川州伸です。今回は、脱コロナ時代の「編み物」「読書」「パズル」の本質について、ちょっと考えてみます。

コロナショックをめぐって、マスコミやネットで大騒ぎをしているみなさんの「真意」がどこにあるのか考えてみる必要があります。そもそも、真意なんて、誰がわかるのか、という疑問は飲み込んで、ちょっと考えてみましょう。

編み物も、読書も、実は「これが正解だ」というものは、本質的に、ありません。編み物で、完成モデルは用意しているかもしれませんが、出来上がった作品に「正解」はありません。だから、楽しいのです。

読書にしても「こう読まなければだめ」というものは、基本的にはない。あるように強制すると、読書がつまらないものとなります。カフカの異邦人も、ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟も、私は「ミステリー小説」として読み、謎解きを優先しました。読書は、そういうものなのです。

どちらかというと、映像作品には、正解が色濃くでていて、本を読んでいるときのような「曖昧性」はありません。本では物語の主人公の姿を自分の思い描く人物に投影できますが、映像では、そうはいきません。なので読書のほうが、映画などよりも正解のなささかげんが、強いのです。

さて、パズル小説®は、どうでしょう。「パズル」そのものには、だいたい正解があります。そのように作るからです。ミステリー小説で暗号がでてきたら、そこに「正解」はあるのです。だいたい。

でも、パズル小説®は、ちょっと違います。それは、ミステリー小説に正解がある、という言い方と似ています。犯人がわかったことを正解とするなら、正解はあるかもしれません。でも、その他に、本なのですから、いろいろな読み方ができます。そこで得られる「体験」については、どれが正解という世界ではありません。こう読まなければルール違反、というわけではないのです。

パズル小説®は、正解がきっちり決まっている読み物ではありません。もっと滋養に、もっと楽しく、場合によっては「別のアプローチ」で、凄い答えがでてくるように、新しい創作を発見できるかもしれません。

アガサ・クリスティが、ミステリー小説のピカソとして、ミステリー小説の可能性を大きく広げたように、パズル小説®は、決まりきった読み方のほかに、楽しい展開がありうるのだと、私は期待しています。

だから、面白いのです。ミステリー小説が大好きな少年が、大きくなって、ミステリー作家になるように、パズル小説®で育った人間が、やがてパズル小説®作家になる。私は、そういう世界を望んでいます。

それが実現したときに、パズル小説®は、私が定義したものよりも、もっと進んだ、とんでもなく面白いゲームになっているかもしれません。そのとき、ひょっとしたら「正解のない世界」があるかもしれないと、ちょっと期待したりして。

2020年6月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : wpmaster