ずっと、PWを忘れていたので、アプリの更新をしていませんでした。でも、ずっと昔のままというのも、芸がありません。こうなったら、GWのどこかで、本アプリも、更新してみることとします。
こういう、時間がたっぷりあるときでなければ、パーソナルインフラには手が出せない私です。
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ずっと、PWを忘れていたので、アプリの更新をしていませんでした。でも、ずっと昔のままというのも、芸がありません。こうなったら、GWのどこかで、本アプリも、更新してみることとします。
こういう、時間がたっぷりあるときでなければ、パーソナルインフラには手が出せない私です。
今、週末作家の私がチカラを入れているのはNFTであり、ハガキ絵を額に入れてオリジナルとして販売すること。オリジナルは銀座の画廊を1週間借りて行いたいと思っている。
問題は、その資金。誰かパトロンがでてくれば、お任せすることもできるが、残念ながら「もらってくれるサポーターはいても、お金を出すパトロンはいない」状態である。
なので、オリジナル100点をNFTかして、ジグレー作品(インクジェットプリンターで制作する複製品)にして、書店か店舗の一角で販売することにした。
なにせジグレー作品は、すでに800点あるので、1点1000円の利益があれば、すなわち1800円で売れれば、そして完売できれば、80万円の利益があるので、銀座のギャラリーを借りることができる。
売れない? 一応、私はマーケッターでもあるので、大吉くじプロジェクトとしてジグレー作品のプロモーションをすれば、1800円なら、どんどん売れると考えている。
ということで、今秋は、いよいよ3週間「お勤め」してくるが、部世辞に帰ったら、GW中に、改めてハガキ絵30点のオリジナルを追加し、NFT100点の「太海海岸」を描くことになる。
いや、楽しみが増えてので、仕事に戻れる。
ちなみに、この太海海岸のハガキ絵については「中編パズル小説」が、すでに制作してある。これを、銀座画廊の個展では、オリジナル50000円で購入してくださったみなさんには、進呈することとなる。
純文学をベースとしたパズル小説は100部限定本なので、これも、自分でいうのはこっぱづかしいが、付加価値がある。
大変なことになっている。
大吉くじを10000個、すなわち100個が100ボックス、それもプレミアム大吉くじとして「鈴付き」で制作できる材料を在庫として持っています。事務所、満杯です。
ただ、これは「販促用」なので、売上は考えていません。
一方、ハガキ絵のオリジナル作品が100点。ジグレーとしてデザインし、インクジェットプリンターで額に入れてサインした状態で、ちゃんと数えれば、たぶん800点。
売れるかどうかは別として、オリジナルは平均15000円で販売するので、150万円(実は、これが原価) 一方、ジグレーは平均1500円で販売できれば120万円。合わせても300万円にしかなりません。
でも、売れてほしいと思っています。というのは、売れれば300万円で、銀座で個展が開けるからです。個展では、ちゃんと広告し、パズル小説の販売コーナーも設置しましょう。
すると、これまでサポートしてくれたみなさんに恩返しができます。パズル小説「きっと誰もしらなかった」と「大吉WAKA集2025」の出版記念パーティもできるでしょう。
個展で収益が得られたら、全国の旅館、鉄道を渡り歩いて、次の作品を発見してきます。そして、一年に一回、銀座のギャラリーで個展を祓くことになります。
今まで、誰もみたことがなかったタイプの作家でありながら、ちゃんと作品が、人々が幸せになるためのサポートになっています。地域活性化にも、つながることでしょう。
その販促ツールとして大吉くじが、効果的なことはいうまでもありません。画廊に来られたみなさんに、大吉くじを配布する。それは、華南らず、みなさんの心を柔らかくするはずです。
かつて、神奈川県の仕事をしていたときのこと。
こんなイベントがしたいと相談を受け、「決して断らないヤマ師」に見えた私に白羽の矢が放たれた。もちろん、断らなかった。成功する確率は、たぶん数%。でも「千三つよりはいい」ということで、採算は度外視して受けた。
もともと、天下り先の財団法人から大手家電メーカーが2000万円で受注した研究プロジェクトを、シンクタンクが1000万円で受注して500万円で、私の友人が経営していたコンサル会社が200万円で請け負い、私に75万円で外注する。
そんな仕事をしていた時代。私が仕事を受ける基準は「面白いか」と「将来の力になるか」がメイン。当時の通産省から段ボール箱2つ分の、英文の資料(重要な部分には。
ここで仕事が入り、中断します。あとは、明日。
いきなり、人生を振り返ってしまった。
自分は、この人生を楽しめただろうか。気が付いてみたら、なりたい自分には、もうなれないところまで、生きてきてしまった。作家として大成しないまま、高齢者になってしまった。
では、失敗だったのか?
もう一度、時間をさかのぼって、二十歳に戻りたいか、というと、これはこれで、いい人生だったような気がしてくる。
もう、描きたい本もなく、ベストセラーを各気力もなくなっている気がしていたけれど、編集者から「もう10年は、がんばってください」という、大変ありがたいメッセージが届いた。
一つ、私の本が売れなかったのは、いつも弱者の味方をしようとしていたから。強者の論理で、ものを書かなかった。侍の本を書いたときも、切腹させられる立場を洞察していた。
弱者の仲間でいたかった。いつまでも、そのため、社会構造がわかってしまってからも、マスコミには取り上げられなかったし、テレビの出演は何度も断られた。
強者の論理に立てば、自分で本を書くよりも、ゴーストライターに徹したほうが、10倍、儲かる。でも、その仕掛けがわかってしまったところで、ゴーストは、止めた。
ゴーストでベストセラーを出したら、家が建っていたろうに。でも、私はいつも、弱者とともにあった。中小企業を応援するコンテンツにこだわって、ベストセラーからは見放されていた。
書店も大好きだったのに、その書店からも「なしのつぶて」で無視されてしまう現実。理由は、だいたいわかっている。めんどうなことを、弱者は、しないものだから。
チャレンジできるのは、強い人。
大吉くじでは、いつも弱者を支えるコンテンツを流したい。それでは「つまらない」「読まない」「売れない」という強者の声を無視して、どこかで、弱っている人に気付いてほしいと願っている。
これでは、儲からない。でも、それでいいと思っている。誰だって、弱くなることがある。そんなときに、ちょっとだけ、励みになるような行動をしたい。
大吉くじも、そういうプロジェクト。なので、別にブレイクしなくてもいい。下仁田町で、信州上田で、伊豆下田で、大吉くじに「ほっ」として、救われる人が、一人でもいたら、幸せである。
お金がたまらない人生は、誤算ではあったけれど、それで自由に生きられたのだから、幸せなんだと実感している。
あと、10年か。いい絵を描き、いい本を書きたい。
私たちの心は、いや、番人というよりも「私」の心は、とてももろくて、いやになってしまう毎日。毎日、何度も、心にひびが入る。ショックなことが、目の前にある。
たとえば、私の事務賞は「倉庫」になってしまった。みんなに幸せになってほしいと、大吉くじを日々、作っていたら、10000個も制作してしまった。そのうち、5000個は、配布先があったもの、あとは在庫になっている。
それをみるたび、私は「やってしまった」と感じて、不安にかられる。ガラスの心に、ひびが入る。
たとえば、大吉くじプロジェクトの一環で、頼まれてもいないのにNFTを制作し、額に入れたジクレー(インクジェットプリンターで出力した芸術作品)を制作した。
昔、画家を志していたころの絵は、NFTとして保存し、ジクレー作品にした。その数、600点くらい。
また、2024年9月19日に海の絵を40点制作。2025年3月21日にも30点制作した。九死に一生を得た私は、何かに突き動かされるように、その制作を続けていた。
誰も「買いたい」といってくれていないのに、すでに1000点の「額入りジクレー作品」があり、事務所には10個の棚が用意されている。もったいないので、サポートしてくださっているみなさんに、少しずつ、配っている。
ただし、これらの在庫は、「売れなければ負債しかない」のである。
たとえば、原材料だけでも、大吉くじプロジェクトでは100円×10000点で100万円、NFTでは800円×1000枚で80万円。その他、きれいな額(3000]円)に入れたオリジナルが50点ある。3000×50点で15万円。
だいたい、原価200万円の投資。これを事務所維持費などを勘案すると、どうすればいいのか、わからなくなる。
どこか、販売する場所が必要になる。そこで「書店」にアプローチしている。それがだめなら、地域活性で活用したい「空き店舗」を探すか、あるいは一日1万円支払って、商店のワゴンを借りるか、どうか。
Amazonで販売しようと思ったけれど、私には、なじまない気がしている。やはり、対面で売りたい。
今年の秋には、画廊と提携するかもしれない。
「空いているときに、あるいは空いているコーナーに常設」させてもらって、大吉くじで集客して、NFTを3000円で販売する。大吉くじは「無料」の販促ツールとする。
だから、NFTのシグレー作品が、3000円で販売できれば、場所代1000円を支払い、原価が1000円、利益も1000円の三方良しが実現する。
利益1000円で1000点販売できれば、100万円になる。それなら、2026年の秋には、銀座で個展を開くことができる。
個展では、ハガキ絵を100点とシグレー500点を用意しよう。
オリジナルのハガキ絵は3000円の化粧額に入れ、18000円で販売する。まぁ、純利益が10000円になるようにしたい。そうすれば、100万円がストックできて、私の創作活動が続けられるようになる。
なんだか、夢のようだなぁ。
これから、自分で自分のブランディングを考えることになる。
私の財産は、無形のものしかない。ま、いいか。開き直った。
パズル小説作家 廣川州伸
■謎解きクロス(商標登録№5682195)
■パズル小説 (商標登録№6241385)
■大吉くじ (商標登録№6761496)
■大吉ビンゴ (商標登録№6852454)
面白い時代になってきた。
紙の本を置いて販売する書店が、AmazonのDX力におされて「消滅」の危機にある。紙の本の良さが見直されているのに、書店の良さが、見直されていない。大手書店を除いて、中小店舗が、いつの間にか消えている。
小さな書店こそ、地域の宝物だという視点で、大吉くじプロジェクトでのプロモーションを提案した。ところが、残念なことに「なしのつぶて」攻撃をされてしまった。情けない。
ていねいに、現物まで制作して「全国初の、地域に愛される書店として再構築しませんか」という問いかけに、応える「感性」がなかった。
そこで、残念ながら、小さな書店はあきらめて、ある程度資本力のある、経営マインドを持った大手書店に提案することとした。書籍流通のDXはAmazonで完結しているので、次は「書店そのもの」の存在を活かすためのDXが必要となる。
本当は、地域に生きる小さな書店に再生してもらいたかった。大吉くじは、必ず、役立つはず。謎解きクロスも、パズル小説も、必ず役立つ。無償でいいから、生き残りを手伝わせてほしいという私の願いに、小さな書店の出した答えは「なしのつぶて」だった。
小さな書店の経営者は、元、大手出版社の社長もしていた人物。それなのに、大吉くじプロジェクトの提案に「なしのつぶて」とは、大手出版社が斜陽産業になっていくのも、仕方ないと思わせてしまう。
出版業界にお世話になってきた私としては、本当に残念だ。
そこで、大手書店向けの大吉くじプロジェクトと、謎解きクロスのプロモーションを企画することにした。大手書店なら、きっと一発で理解し、コラボレーションしてくれるはず。
今から、楽しみである。
もちろん、漁船でも渡し舟でもない。青年の頃から、豪華客船での船旅にあこがれている。1980年、エーゲ海を、1ヶ月間、けっこう大きな客船で周遊した。
ロードス、クレタ、ミコノス、そしてサントリーニ島などを、のんびりとめぐった。半分が客船、半分がユースホステルなど。真夏とはいえ海岸で寝ると警察に引っ張られるので、宿はとった。
ただ船舶では、甲板にゴザを敷いて眠る、バックパッカースタイル。ドイツ人の女性が、冷えていない瓶ビールの栓を自分の歯で食いちぎるようにしてスポっと開けて飲んでいた。
そのとき、私は誓った。将来、作家になって豪華客船で世界旅行をしよう。そのときは、毎日好きな食べ物を食べ、酒を呑み、エンタテイメントも楽しむことだろう。
そして、当時はまだ意識していなかったが、世界中の世界遺産を観て歩く。それが、私の夢になった。そして、残念ながら、夢は夢のママ、実現できていない。
もし、それができるなら、そのときはベストセラーを書けたか、描いている絵が認められ、売れて、豪華客船による世界旅行ができる立場になっている必要がある。
そんなことを思い出すのも、きっと手術を前にしているから。毎晩、本当にたくさんの夢をみる。夢で、押しつぶされそうになる。でも、みんな懐かしい夢だ。
苦しい夢は、記憶にない。
都市をとるということは、いいことだけしか思い出せないことなのかもしれない。嫌なことも、つらいことも、苦しいこともたくさんあったけれど、それは過去にどんどん吸い取られていく。
夢は、過去に出逢った人がでてくるものでも、必ず、未来につながっている。だから、夢から覚めたら、すぐに机に向かったり、絵を描いていたりする。
私は、きっと船に乗る。
そのためにも、来年、必ず個展を実現し、しかも成功させたい。成功とは、これまでご縁のなかったみなさんが個展に来て、私の酸品をたくさん買ってくれること。
売れた金額によって、世界旅行の日数が決まる。
期待している。
この世界は、いつから「先が見通せない時代」に突入していたのだろうか。
もちろん、見通すことなどできないとは、わかっている。未来は、いつでも「ヒミツ」だったはず。それでも「きっとこうなる」という未来図があった。
いくつか、「こうなるぞ」という図式が頭に浮かんできた。そして、多くのことは、意外性もなく、「さもありなん」という形で、収まっていた。
ところが、たぶん21世紀になったころから「意図的に流された情報」によって、いつの間にか「こうだろう」という常識めいたことが頭の中に居座るようになる。、
それゆえに「あ、こうだったのか」と、誰も知らなかった「現実」を突き付けられるようなことが、増えた気がする。いや、確実に、増えているはず。
すぎてから、わかることが、多すぎる。予想をしても、当たらない。
当たるためには、予想が「とてもありえないこと」にまで、及んでいなければならなくなっている。
具体的には、よくわからないが、量子力学でいうところの「観察してみなければ、怒ってみるまでは、重ね合わせの状態にある」ようだ。
一体、何が起きているのか。
私には、さっぱりわからない。わかろうとしたときに、正解がどうなっているのか、それが、まったくわからない状態におかれている。
これって、何なのだろうか。社会が悪いのか、自分が悪いのか、それとも、もともと世界が、不安定なものだったはずだ。
それを、観測することで、世界の出来事を事実としてを「固めてしまう」ことになった、ということか。
世界が、こうなっていたということを、誰も、知らなかった。知らなかったけれども、現実として、起きていく。どんどん、現実が進んでいく。
かくして、私は途方に暮れている。
いいかげん、大人になって、社会の出来事には、目をつむる、目を背ける、観ないようにすることが重要になっている。
でも、それでいいのか?
今夜も、世界を変えている、情けない現実を考えることをせず、ひたすら、宇宙論を、YouTubeで確認しよう。そうすれば、きっと眠れる。
明日は、墓参りの前に、仕事の企画書を書き終えてしまいたい。
1990年代、地球環境の悪化が懸念され、交通網の発達と経済構造の進化、そしてインターネットの登場で「地球環境が他人事ではなくなった」。
しかし、それは「地球」レベルまでで、さすがに「宇宙」については、「はやぶさ」などの奇跡はあったものの、ホリエモンの資材を投げ打っての投資があっても、他人事に変化はなかった。
それは「量子論」についても同様である。
半導体が生まれ、コンピュータが進化し、AIが囲碁将棋では人間を完全に量がしたにもかかわらず、その根本原理である量子論、「量子ゆらぎ」や「量子もつれ」などに興味関心がある人は、おそらく国民の数%にすぎなかった。たぶん。
これは、謎解きクロスやパズル小説が、いまもってメジャーになっていない理由とも重なってくる。100人に紹介して、実際に遊んでくらる人は数人なのである。
まして、私がCampfireのCommunityで展開している「自分で大吉くじのコンテンツをつくろう」などという奇特な人は、100人に声をかけても、一人もでてこない。
1000人に声をかければ、3人くらいは、でてくる。なので、私の友人に声をかけたら、8人のサポーターが誕生しているが、大きく広がるには、広告コストが必要になる状態。
ただ、そのなマイナーな世界で、域外をみつけて生きてきた私にとって、量子論だけではなく、宇宙論も、そして数学論も、今、熱くなってきたことを実感できている。
ひょっとしたら、命が、間に合ったかもしれない。
40年前、超弦理論の登場に旨弾ませていた私は、生きているうちに、この宇宙がどうなっているか、解明してくれる転載の登場を待ち望んでいた。
それは、生きているうちには、無理だろうということの裏返しでもあった。
ところが、私が中学生のときに、真剣に研究していた「四色問題」も、基本的には、私の考案した方法論を使って、ただしスーパーコンピュータをフル活用する形で、証明された。
今度は、宇宙にうかんでいる天体望遠鏡のデータを使って、いよいよ、宇宙の基本構造についての新理論が生まれることになる。
それは、やはり「エントロピー理論」と係ってきていて、一般相対性理論と量子力学を、9次元行列を量子コンピュータを回して解析することで構築できるフレームの登場でもある。
いよいよ、やってきた。
あと何年生きられるか、わからないけれど、頭の中は、宇宙論で一杯にして、消えていくことができそうな気がしている。間に合った、のかもしれない。
これからは、毎日、論文情報のチェックをしたい。いつ、命が終わっても、最新の宇宙論を頭の中に回して、宇宙のもくずとなっていきたい。
それだけで、私は、幸せなのである。